いっその事、知らないままでいた方が楽だったのに -Silvio-Ⅲ【自覚】④
「シルヴィオ団長、セシリヤさん、飲み過ぎです。戯れが過ぎますよ」
「良い所だったのに……」
セシリヤの口元を塞ぐ様にあてられたディーノの手に危うく口付ける所だったシルヴィオは、未遂で済んだ事に小さく溜息を吐くと、セシリヤの頬に添えていた手を渋々放した。
「アンジェロがお茶を用意してますから、酔い覚ましに飲まれてはいかがですか?」
言葉は極めて冷静だが挑戦的な瞳を向けて来るディーノを一瞥すると、シルヴィオは肩を竦めて見せる。
「君、意外と嫉妬深い方?」
意地悪く唇を歪めて笑うと、一瞬ディーノは動揺したものの直ぐに持ち前の冷静さで崩れかけた表情を元に戻し、僅かに挑発的な笑みを浮かべながら小さく溜息を吐いた。
「シルヴィオ団長の仰る通り、嫉妬深いのは自覚してます」
「え、ちょっと……、何。聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだけど!」
「……冗談です」
お互いに笑顔のままではあるけれど、ぶつかり合う視線は間違いなく見えない火花を散らしているだろう。
ディーノに口元を塞がれたままのセシリヤが、眉を顰めて事の成り行きを見守っている。
そんな状況でいつまでも睨み合っている訳にも行かないと思ったシルヴィオは、「邪魔者は退散しよう」と冗談混じりに冷やかし立ち上がり、先程から不安げに此方を窺っているアンジェロの元に身を寄せた。
全く、どうしていつも邪魔が入るのだろう。
セシリヤに関することは、全てが思い通りにはなってくれない。
二人の方を振り返ると、微妙に気まずい雰囲気を漂わせながら言葉を交わしている姿が見え、
「……横取りしといて、それはないんじゃない?」
ポツリと小さく呟きアンジェロに差し出されたお茶を受け取ると、今度は出涸らしではない事を確認してから口をつける。
程好い香りとシルヴィオ好みの濃さに調節されたいつものお茶のはずなのに、どうも酒で感覚が麻痺しているのか、素直に美味しいとは思えなかった。
二口、三口を啜っただけでティーカップを置き、近くに置いてあったグラスに手を伸ばす。
アンジェロが口に合わなかったのかと訊ねていたが、今はそれに答える気にはなれなかった。
あの二人から視線を逸らしているはずなのに、何故かそこから意識を逸らす事が出来ない。
いつの間にか強く握っていたグラスに亀裂が入り、破片が薄い手袋を貫き皮膚を傷つけていた事に首を傾げると、それに気付いたアンジェロが慌てて凶器に変わったグラスを取り上げようと手を差し出した。
けれどシルヴィオはそれを視線だけで制するとそのまま酒を煽って見せ、空になったグラスを放り、地面に当たって罅割れた部分から砕けたそれをじっと見つめていた。
「団長、何をそんなに苛々してるんですか?」
「え……、そんな風に見える?」
「ええ、少し……」
怪訝な顔で傷ついたシルヴィオの手を応急処置し始めるアンジェロの言葉に眉を顰め、逸らしていた視線を再びセシリヤの方へ向けると、そこには先程まではなかったエレインの姿が増えていて、強引に酒をディーノに注がせているのが見えた。
困惑の表情を浮かべているディーノに向かって、シルヴィオはこっそり紅い舌を見せると、せいせいしたと言わんばかりに新しいボトルに手を伸ばした。
グラスに注ぐのも面倒でそのまま口をつけ、喉元を通り過ぎて行く酒が身体に染み入ると同時に、ふと、先程まで感じていた奇妙な感覚が消え失せていた事に気がついた。
さざ波の立っていた胸の辺りに手を当てると、それは先程までとは打って変わって落ち着きを取り戻している。
「……あ、漸く理解できたかも知れない」
セシリヤを知りたい……、触れたいと望むこの感情は、恋と言う不安定な感情だ。
だからこんなにも、心が揺れ動くのだ。
「団長、あまり飲みすぎないで下さいよ」
傷の処置を終えたアンジェロはそう言うと、先程シルヴィオが壊したグラスの破片の始末をしに席を立ち、こんな時まで真面目な子だとその背中を眺めて見る。
けれどその視線はやはり、自然とセシリヤの姿を捉えてしまう。
「いっその事、知らないままでいた方が楽だったのに」
持っていたボトルを一気に煽って、渇望する心を酒で流した。
明日、全て忘れている事を願って。
【END】




