いっその事、知らないままでいた方が楽だったのに -Silvio-Ⅲ【自覚】②
「あー、終わったァ」
職務の拘束時間も終わりを告げる頃、最後の書類に署名を入れると、握っていたペンを放り出してぐったりと机に突っ伏した。
お疲れ様ですと書類の山を片付け始めるアンジェロにお茶を要求すると、逃げ出した事をまだ怒っているのか「自分で淹れて下さい」と冷たく返され、仕方なく慣れない手付きでお茶を淹れ始める。
不慣れなせいで異様にカチャカチャと音を立てるティーポットとティーカップに不安を抱いたのか、結局はアンジェロがそれらを取り上げて、手際よくお茶を用意してくれる結果となった。
ぼんやりとその手付きを眺めていると、アンジェロが何度も時計を確認している事に気がつき、何か予定でもあるのかと興味本位で訊ねてみれば、最初は何でも無いと否定していたアンジェロだったが、シルヴィオの前で隠し事など出来るはずも無く、クレアに誘われて季節外れの花見に行くのだと白状した。
「花見かぁ……、楽しそうだね!」
差し出されたお茶を受け取りながら呟くと、アンジェロは呆れた顔で、
「団長も参加したいんでしょう?」
「いいの? 僕、誘われてないよ?」
「ダメだと言っても、偶然を装って来るじゃないですか」
場所は第一騎士団兵舎の前ですからと言い残し、アンジェロは書類を軽く一纏めにすると一足先に執務室を出て行った。
行動パターンをすっかり把握している彼の背を見送って、まだ湯気の上がっているお茶をぼんやりと眺めて見る。
「……まったく、お節介って言うか、お人好しっていうか……、損な性格だよね」
何だかんだ言いながら、こうして世話を焼いて気まで使ってくれるアンジェロの事は嫌いじゃないと、むず痒い気持ちを落ち着かせる為に淹れてくれたお茶一口啜り、そして盛大に噴き出した。
「マッズ! これ、出涸らし! 結構根に持つタイプか……!」
ささやかなアンジェロの復讐に項垂れながら、それでも残す事無くお茶を飲み干すと、空になったティーカップを置いて執務室を後にした。




