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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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無理矢理繋ぎ止めてしまった -Margret- Ⅱ【鳥籠】③

「隙あり! マルグレット団長、眉間に皺寄ってるよ? どうしたのー、そんな顔してさぁ」

「……気を抜いていたのは認めますが、不用意に触らないで頂けますか」


 眉間の皺に指先を押し当てながら、少し間延びした話し方をする独特の彼、第六騎士団長のアロイスは、マルグレットの冷ややかな視線も言葉も意に介さず笑い飛ばし、「相変わらず冷たいなぁ」と目の前の椅子に腰を下ろした。

 彼はどことなくシルヴィオから更にやる気をなくした雰囲気に似ていて、どちらかと言えば苦手な部類に入る。

(シルヴィオの方がまだマシだと思う)

 とりあえず何の用件でここへ来たのか訊ねて見ると、彼はセシリヤの様子を見にとだけ答え、残念ながら今はいないと返せばあからさまに肩を落とした。

 親しい訳でもないのに何故と言う疑問もあったが、出直すように声をかけてマルグレットは椅子から立ち上がった。


「鳥籠……」

「!」


 その場から離れようと足を踏み出した瞬間に、アロイスの口から発せられた言葉に思わず反応を返してしまい、それを見たアロイスはニッコリと笑って「まあ座りなよ」とマルグレットがつい先程間で座っていた椅子を指差した。

 このまま立ち去っても良かったが、"鳥籠"と口にしたアロイスの話も気になることは事実で、少し考えた後にそのまま大人しく席に座った。


「忙しいので、お話は手短にお願いします」


 少し棘のある言い方をしたのはアロイスに対する苦手意識もあったが、"鳥籠"と二度も口にした事に対しての意趣返しでもある。


「そんな怒らないでよ。僕は率直な意見を口にしたまでで、他意はないんだから。勿論、あの時も、今もだよ」


 困ったと眉を下げるアロイスだったが、瞳の奥は然程困った色を見せておらず、相変わらずいやらしい演技をするものだと真っすぐ見据えた。


「どう? セシリヤちゃんの様子は」

「怪我の事ですか? それとも、普段の様子ですか?」

「どっちもだよ。それと、周囲との付き合い方」

「……至って普通です。余程人としての礼儀を欠かない限りは、ごく普通の医療団員の一人として仕事をこなしてくれていますし……、周囲と言っても、人間関係を全て把握している訳ではないのでわかりませんが……、彼女なりに上手く付き合っているのではないかと。良い傾向だと、捉えています」


 先日、イヴォンネとプリシラが改めて彼女に助けられたお礼を言いに来ていたし、あれだけ派手に衝突していたアルマンとの関係も修復したと本人から聞いている。

 ここ最近は、セシリヤも積極的に他団へ使いに出る事もしばしばで、良い傾向だとマルグレットは捉えている。

 医療団(ここ)へ来た時は、あの部屋からあまり出る事もなく本当に心配していたが、少しずつ彼女の世界は広がっていると思う。

 笑う事も増えた気がするとアロイスへ伝えると、何とも気のない返事が聞こえ、聞いておいて気のない返事をするなとマルグレットは少し腹を立てたが、訴えた所で余計に苛立つだけだと我慢した。


 元々思った事を素直に口にしているだけで、悪気はないのだ、この男には。


 心にゆとりを持てと言い聞かせ、マルグレットは苛立つ気持ちを落ち着かせるように深く息を吸い込んだが、


「……そっかぁ。君には、そう映るんだね」

「何を仰りたいんです? はっきりとどうぞ」


 アロイスの含みのある言い方に、その努力は台無しになる。

 息を深く吸い込んでいたせいで、マルグレットの言葉は思っている以上に大きく響き、手当をしている団員や手当をされている騎士の視線を一斉に集めてしまい、誤魔化すように一つ咳払いをすると、目の前の男に視線を戻して恨めしそうに睨みつけた。


「気を悪くしないでよ。人の数だけ、世界は違って見えるんだから、当然でしょ? 君の見ている世界の彼女(セシリヤ)はそう見えて、僕の見ている世界の彼女(セシリヤ)はそう見えない……、ただそれだけのことだよ」


 一体何を言っているのだと眉を顰めるマルグレットに苦笑すると、アロイスはポリポリと頭を掻きながら、何と言えば良いのかとひと呼吸置き、


「今まで、他人との距離を保っていた彼女が転じて積極的に行動に出るなんて、僕にはあまりいい意味では解釈できないんだよねー」


 片肘をついて頬を支え、窓の外を見るアロイスの表情からは何も読み取れない。

 無表情ではないが、何を考えているのかわからないと言った方が正しいだろうか。

 じっとその顔を眺めていると、不意に窓の外に向けられていた視線が戻る。


「あくまで、僕はね。もちろん、君と同じく良い傾向だと解釈する人もいるだろうね」


 にんまり笑って話を続けるアロイスの言葉に悪意は感じられなかった。

 確かに、目の下に隈が出来るほど眠れていないのは気がかりではあったが、それ以外には特に変わった様子もなく、むしろ、医療団(ここ)へ来る以前の彼女に戻ったかのようで、少し安心していたくらいだ。


 何か、セシリヤの行動があまり良い意味で取れないと思わせるような素振りでもあったのだろうか。


 マルグレットがアロイスにそれを問うと、彼は明確に説明するのは難しいと言って"直感"の一言で片づけてしまった。


「でも、気を付けて見てあげた方が良いかもねー。鳥籠の中だからって油断してると……、いつの間にか弱って、取り返しのつかない事になるかも」

「………」

「それが他者の手によるものなのか、そうでないのかはわからないけど」


 滅多に見る事が出来ない彼の真剣な眼差しに、ゾクリと背筋に寒気が走った。

 話は終わり、とアロイスは両手を一度叩いてから立ち上がり、それにつられるようにマルグレットも椅子から立ち上がる。

 見送りは遠慮しとくよと言って一歩踏み出したアロイスだったが、そのまま立ち止まるとマルグレットに向き直って口を開く。


「あの時は医療団(ここ)を鳥籠だなんて言ったけど、彼女にはもう少し、自由に生きるって事を知ってもらいたくてそう言ったんだ」


 何かの為に誰かの為に生きるのではなく、自分の為に生きる事をさと続けたアロイスに、これ以上の会話は無意味と判断したマルグレットは、「そうですか」と一言返し彼に背を向けて椅子に座り直した。

 そんなにも、医療団(ここ)にセシリヤを置くことが、彼女にとって窮屈な事なのだろうか。

 騎士団を辞めると言って聞かないセシリヤをジョエルと共に説得を重ね、漸く了承を得たと言うのに、それは全て彼女にとって重荷だったと言うのだろうか。


「僕はただ、彼女が本当に心から幸せだって笑う顔を、もう一度、見てみたいだけなんだよ」


 更に掛けられた声に、まだいたのかと言わんばかりの視線を送ると、彼は首を竦めて「ホントにこれが最後」と言って医療棟を出て行った。



 ……セシリヤが、本当に心から幸せだと笑った顔?



 あの男は、セシリヤの何を知っていると言うのだろう。

 セシリヤは、比較的穏やかな日々を送っているはずだ。

 その証拠に、彼女はあの頃の笑顔を徐々に取り戻し始めている。

 けれどアロイスは、遠まわしにそうは思えないと言っている。


「セシリヤ……」


 彼女の心が見えない。

 あれ程までに大切な友人と思っていたのに、何一つとして自信を持って明確に答えられる事がない。

 胸の内で更に広がりを見せる不安を払拭できないまま、マルグレットは残っている仕事に手を付けた。



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