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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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無理矢理繋ぎ止めてしまった -Margret- Ⅱ【鳥籠】②


 その日の医療棟内は、いつにも増して忙しなく騒然としていた。

 運ばれて来る騎士達は、怪我こそ大したものではなかったけれど、態度がすこぶるよろしくない者たちばかりで、例外なくとある部屋へと搬送されて行く。

 部屋に運ばれた直後に耳を劈くような悲鳴が響き、しばらくすると、すっかり態度を改めた騎士が別の部屋へと運ばれて行った。


 言うまでもなく、あの部屋にはセシリヤがいる。


 魔物の襲撃による傷もすっかり癒えたセシリヤは、いつもと変わらない穏やかな日々を送っていた。

(やっている事はあまり穏やかではないけれど)

 セシリヤの荒療治の餌食となった騎士は、今マルグレットの目の前を通ったので十九人目だ。

 眠っているのか気絶しているのか判断がつかない彼らの姿に苦笑すると、仕事がひと段落したらしいセシリヤが部屋から姿を現した。

 彼女は大きく伸びをしながら欠伸をすると、マルグレットの視線に気がついたのか慌てて口元を押さえ、誤魔化す様に笑って見せる。


「お疲れのようですね、セシリヤ」

「申し訳ありません……、つい……」


 悪戯に紅い舌を見せたセシリヤの表情は至って穏やかなのに、それを素直に受け止める事が出来ないのは、うっすらと彼女の目元に浮かんでいる隈のせいなのかも知れない。

 ここ数日で、それは徐々に色濃くなっていて、十分に睡眠を取っているのかと訊ねても、セシリヤから返って来る答えは決まって「大丈夫」だった。

 例によって、また何か思い悩んでいるのだろう事は察知していたものの、そこに足を踏み入れられる事を彼女が頑なに拒んでいるのも理解しているために、それ以上追求する事はしない。

 時折、セシリヤが見えない心の壁の向こう側へと姿を消してしまう事があっても、マルグレットは黙ってそれを見守り、再びこちら側へ帰って来るのを待つ事しかできなかった。

 友人と呼べる間柄であったのにも関わらず、彼女に対して何も出来ないことに、マルグレットは拭えない寂しさと歯痒さを感じている。


「マルグレット団長?」


 いつの間に思考に捕われていたのか、ペンを持ったままぼんやりとしていたマルグレットの前に、ひらひらと手を翳して呼びかけるセシリヤの声で我に返る。

 寝不足なのはマルグレットの方ではないのかと笑うセシリヤの頬を指先で軽く抓って、


「そう言えば、レオン団長の所へはお礼に行ったのですか?」

「いいえ、まだ……」


 マルグレットは呆れたように溜息を吐くと、セシリヤは苦笑しながら「なかなか機会がなくて」と続ける。


「一通り仕事も片付いている様ですし、この機会にお礼に伺ってはどうですか。ついでに新鮮な空気に触れれば、眠気も覚めるでしょう」


 抓られて少しだけ赤みを帯びた頬を擦るセシリヤにそう言うと、彼女は一瞬驚いた様に目を丸くしたが、直ぐに笑ってスカートの裾を揺らしながら「行ってきます」と医療棟を後にした。


 もしもあのまま放って置いたのなら、彼女は休憩を取らずに延々と怪我人の処置を施していたに違いない。

 多少強引に、ああでもしなければ、素直に休憩を取ろうともしなかっただろう。

 医療棟を出て行く背を見送るとマルグレットは小さな溜息を吐いて、窓枠にすっぽりと収まっている空を仰いだ。

 青く鮮やかな空には、鳥が悠々と螺旋を描きながら羽ばたいている。



 ――君に与えられた場所が彼女にとって、鳥籠になるんじゃないかなぁ……――



 いつか聞いたその言葉をふと思い出し、少しだけ息苦しさを感じる胸に手を当てた。

 セシリヤが騎士団を辞め、どこか遠くへ行きたいと口にしていた頃に、とある人物から聞いた言葉だった。

 "鳥籠"だなどと、そんなつもりは毛頭ないマルグレットにとっては腹立たしい言葉だ。

 あの頃の、何もかもを失い仲間内からも弾き出されてしまったセシリヤが騎士団を辞め、遠くの国へ行く事を許してしまえば、彼女がどんな人生を送っていたのかは想像に難くない。

 最悪、悲惨な末路を辿っていたかも知れないのだ、引き留めて間違いは無かったと思う。

 生かされている意味さえも解らないと半ば自暴自棄になっていた彼女の言葉に、「その命を私の下で使って欲しい」と、何度懇願しただろうか。

 セシリヤの揺れる瞳が、今でも忘れられない。

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