間違いなく"あなた"だったのに -Clare-【憧憬】④
「セシリヤさん!!」
窓から身を乗り出しその勢いで手を振ると、レオンが今にもそこから落ちてしまいそうなクレアの身体を後ろから支える様に腕を回した。
その逞しい腕に少し心臓がざわついたけれど、呼びかけに気づいたセシリヤの手前、心の底で恥しさをぐっと堪える。
それでもきっと、笑顔は少し不自然に引き攣っているかも知れない。
幸い、レオンには背を向けているし、セシリヤとは距離もあるので細かい所までは気づかれなくて済むだろう。
ほっと心の中で安堵の溜息を洩らし、彼女にそこで待っていてと叫んだ後、身体を支えていたレオンの腕からすり抜けると、軽快な足取りで部屋から駆け出して行く。
廊下を走りながら、クレアは頭の中で今夜の花見に誘う人物の顔をひとりひとり思い浮かべた。
真っ先に浮かんだのは、騎士学院時代から付き合いのあるアルマンとアンジェロ、それからお世話になっていたディーノだ。
そして、楽しい事ならなんでも来いのエレインと、多分眉を顰めはするだろうがラディムも誘ってみようと思う。
以前、桜の季節に花見をした時とあまり代わり映えのしない顔に苦笑しながらも、先ずはあの桜の下にいるセシリヤを誘う事が先決だと、クレアは彼女の元へ走り寄った。
途中、躓いてバランスを崩し、あろう事かセシリヤに支えられるようにして抱き止められてしまった事に赤面すると、頭の上から小さな笑い声と共に怪我は無いかと言う言葉がかけられ、カッと頬が熱くなる。
クレアが慌てて体勢を整え謝辞を述べ頭を下げると、セシリヤは怪我さえしていないのなら何も問題ありませんと、頭を撫でた。
やはり、子供扱いされている……。
頭を撫でられながら、どうして良いか解らないままでいると、セシリヤはクレアの髪に挿された桜を見て小さく微笑んだ。
「花、少し散ってしまいましたね。そんなに急いでどうしたんですか?」
どこか愛しい物を見るような瞳がクレアを捉えていて、いよいよ高揚して行く心を抑える事が難しくなる。
「あのっ……、セシリヤさん! 今夜ここでお花見をするので、来て下さい! セシリヤさんの復帰祝いも兼ねてやりますから、絶対に来て下さい!」
気持ちが高揚すると同時に焦りすぎて、セシリヤに拒否権は無いと言わんばかりの言葉が口を次いで出た事に、今度は眩暈を覚える。
どうして彼女の前では、こんなにも冷静でいられないのだろう。
きょとんとした表情をしているセシリヤの視線が痛い。
実際困惑しているのは彼女の方であるのに、クレアの方が困惑してしまい、言葉に詰まった二人の間を桜の花びらが悪戯に飛び交っていた。
「セシリヤ、クレアの提案なんだ。都合が良ければ、参加してみないかい?」
「団長」
不意に耳に入った穏やかな声に顔を上げると、いつの間に執務室から向かっていたのか、ゆっくりとした足取りで此方にやって来るレオンの姿が見えた。
その足はセシリヤの丁度隣で止まり、その優しい瞳は咲き誇る桜へと移される。
「今日くらい気を抜いたって、寛大な王ならば許してくれるだろう」
さり気ないレオンのフォローに視線を上げると、小さく目で何か合図をする彼の視線とぶつかった。
それに答えるように頷くと、レオンはセシリヤに視線を戻し、彼女はレオンとクレアの二人の顔を交互に見やると、少し何かを考えて「そうですね」と首を縦に振って見せた。
やはり、レオンが言うと違うのだろうか。
「では、仕事が終わったら私がセシリヤさんを迎えに行きますね」
「いえ、そんなお手間をとらせるわけには……」
「絶対迎えに行くので、待ってて下さい!!」
二人の事は好きだけれど、一緒にいる姿を見ているのはどうにも胸がざわついて仕方ない。
クレアは捲くし立てるように言い放つと、他にも数名に当たってみると二人に背を向け走りだした。
後ろから、呼び止める声と安否を気遣う声が同時に聞こえたけれど、気づかないふりをしてそのまま真っ直ぐに走った。
けれどやはり、二人の様子が気になって少し進んだ先で振り返って見る。
相変わらず桜の下で穏やかに会話を交わしている姿に、胸が先程よりも大きなざわつきを訴えた。
払拭できない不安定な気持ちを抑えて、クレアは再び走り出す。
あの時、村で助けてくれたいち小娘など、きっとあの人は覚えていないのだろう。
あの優しい手をした騎士は、間違いなく"あなた"だったのに。
名乗り出る勇気はないけれど、密かに焦がれていた。
「……セシリヤさん」
【END】




