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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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90/290

間違いなく"あなた"だったのに -Clare-【憧憬】③

 いつの間にか下がっていた視線を上げると、机の上にぽつりと置かれた美しい装飾を施してある筒を見つけて目を留める。


「団長、これは……?」


 ソファから立ち上がって机に近づくと、幼い頃手にした事のあるそれに懐かしさを覚えたクレアは、おずおずと手に取った。

 まだ父親が生きていた頃、連れて行かれたロガール建国祭の露天商で見かけた綺麗な装飾の施された筒に興味を惹かれ、店主に言われるがまま小さな窓を覗き込み、そこから見える美しい世界が甚く気に入って、ねだって買ってもらったものとよく似ている。


 確か、異界にある"万華鏡"と言う物だと店主が言っていた気がする。


 この世界にあまり異界の物や知識を持ち込まない王だったが、桜や万華鏡は、異界の国を忘れない為にと普及させたと聞いたことがある。

(桜はロガールにしか咲かなかったが……)

 買って貰ってからは一日中、飽きる事無く万華鏡を眺め続け、両親は苦笑いしていたなと懐かしさに笑みがこぼれた。

 今手にしているものとは比べ物にならないくらいの安物ではあったけれど、時々眺めてはその美しい世界を変わらずに見せてくれる万華鏡は、大切な宝物のひとつになっている。


「昔、建国祭で出ていた露天商で買ったものなんだ」

「買ったと言うよりは、買わされたと言う方が正しいのでは……? 値段も、そう安くは無かったでしょう?」


 クスクスと笑うセシリヤの言葉に、「言わないでくれ」と恥じらいながら笑うレオンの表情は団長としての顔とは別の顔だ。

 セシリヤの口ぶりからすると、建国祭には二人で行ったのだろうか。

(明確な時期は分からないが)

 湧き出る疑問と同時に、自分と同じものを所有し、大切に手元に置いている事に親近感を覚える。

 そしてこれは、彼にどんな世界を見せたのか。


「本当に綺麗でしたからね。他の職人には真似できないと絶賛されるだけの事はあります」

「物は確かに素晴らしいと思う。値段を除けばね……」

「あの……、覗いて見ても、良いですか?」


 迷いながらも尋ねると、レオンは苦笑しながら静かに首を縦に振って見せた。

 普段あまり無駄な物は持たないレオンが購入したと言うそれは、一体どんな世界を見せてくれるのだろう。

 クレアの持っているそれとは、また別の世界が垣間見えるのだろうか。

 期待に膨らむ心が自然と顔を綻ばせ、小さな窓に輝く瞳を合わせてみる。



 けれど、そこに期待した世界を見る事は出来なかった。



 しゃらりと音を立てながら歪な黒い影を落とすその世界は、クレアの所有するものとは全く異なるもので、どんなに光を当てても、色とりどりのあの美しい世界を垣間見る事は出来なかった。

 こうなってしまった経緯などは解らないけれど、この歪な世界を、レオンはどんな気持ちで眺めていたのだろう。

 美しく輝いていた世界が、こんなにも暗く歪な世界に変わり果てているのだ。

 きっと、悲しかったに違いない。


「レオン団長……、これ……」


 その世界から瞳を逸らすと、困った様に眉を下げて此方の様子を窺うレオンが見える。

 そんな彼に何と言って良いのか解らず懸命に言葉を探したけれど、結局見つからないまま困惑してしまう。


「クレア……、君の期待を裏切ってしまって申し訳ない」

「いいえ、そんな……、謝らないで下さい」


 クレアの頭にそっと置かれた手にどこか寂しさを感じながら、謝罪の言葉を口にする彼から視線を逸らす。

 視線の先には、レオンと同じような顔をしたセシリヤがいて、その穏やかな瞳には少し悲しげな影が落ち、クレアの心に小さな罪悪感が芽生えた。

 安易に彼の所有物に触れさえしなければ、そんな顔をさせる事はなかったのにと、心の中で自分を責めた。


「僕の不注意で、壊してしまったんだ」

「そうだったんですね……」


 レオンはクレアの手からそれを慈しむように取り上げると、その小さな窓を覗き込み、一瞬、その瞳にどこか恍惚とした光が見えた気がしたけれど、すぐにそれは消えた。

 愛しそうに指先で装飾部分をひと撫ですると、レオンはそれを元の場所へ戻していつもの穏やかな笑みを見せる。


「これを作った職人はもういないし、修理にも出せないんだ。でも、何故か手放すことは出来なくてね」

「……お気に召していたんですね」


 やはり、それはレオンにとって大切なものだったのだ。

 買わされたとは言っていたけれど、それでも一目見て心を奪われた世界は、彼にとって大切なものだったのだ。

 不注意とは言え、それが壊れてしまった時にはひどく胸を痛めたに違いない。

 そんな彼の胸の内を思うと、居た堪れなくなって俯いた。

 不用意に彼の領域へ土足で踏み入ってしまったことを、後悔する。

 ……そんな顔をさせたかった訳ではなかった。

 ただ、その瞳に映る世界を、自分も同じように見たかっただけなのに。


 漂うこの部屋の重たい空気をどうしようかと考えていれば、その空気を壊してくれたのはセシリヤで、彼女は長居が過ぎた事を謝罪すると、仕事に戻ると言って部屋を出て行った。


 セシリヤの居なくなった部屋は微妙に居心地が悪く、クレアは何となく部屋の窓から外を眺めて見る。

 桜が風に舞って散る様にふと、以前、夜の花見をした事を思い出し、勢いよくレオンを振り返った。


「団長。今夜の城の警備、担当に入ってませんでしたよね?」

「ああ……、今日は入ってなかっ……」

「セシリヤさんも復帰されましたし、折角こんなに綺麗な桜も咲いてるんですから、お花見しませんか?」


 レオンの言葉を最後まで聞かないままクレアが提案すると、一瞬の瞠目の後、それに同意するように頷く顔が見え、彼女に早く伝えに行かなければともう一度窓の外に視線を移せば、そこから見える桜の下に人影がある事に気がつき窓際に身を寄せた。

 緩やかな風に舞う花びらを見上げるセシリヤに一瞬見惚れてしまったが、すぐに我に返って窓を開け放ち声をかける。



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