貴女の思うままに生きるだけだ -Dino- 【罪悪】①
日が暮れて、すっかり辺りが暗くなると、咲いていた花がその存在を主張するかのように夜風に吹かれて花びらを散らす。
闇にぼんやりと浮かぶそれは幻想的で、更に青白い月明かりが一層美しさを際立たせていた。
この桜と言う花は、初代勇者である王が自分の故郷を忘れないようにと長い年月をかけて研究し、作り上げた植物だと聞いている。
王の故郷では広く愛されていた植物だそうで、当初は世界の各地へ植える計画だったのだが、どう言う訳だか国内にしか育たなかったそうだ。
時期が来れば美しく咲き誇り、けれどどことなく儚さを併せ持つこの花は今やこの国内でも愛されていて、王の故郷の習慣に倣って、花を見上げながら酒を楽しむ者も少なくない。
「レナード団長! エレインさんが戻って来るまで、ちゃんと待っているようにと言われたじゃないですか!」
「難ェこと言ってんじゃねぇよ、アンジェロ」
そんな幻想的な雰囲気をブチ壊してくれる情けない嘆きにも似た訴えと、それを一蹴するような声。
ほんのり漂う酒の香。
ディーノは見上げていた桜から騒ぎのする方向へ視線を向けると、既に酒宴を始めている彼らの姿を捕らえた。
「皆で飲めば怖くねぇって、アンジェロ!」
「アルマンまで!」
豪快に酒瓶から直接口へ酒を注ぎ込む男は、第七騎士団団長のレナードと、それに便乗するのは第四騎士団副団長のアルマン。
情けない声を出して泣きついているのは、第二騎士団副団長のアンジェロ。
困ったように笑ってそれを見ているのは第一騎士団副団長のクレア、我関せずは、第七騎士団副団長のマティ。
今夜の酒宴の主催者である第五騎士団副団長のエレインは、この場に加わるもう一人の人物を迎えに行っている。
エレインに、全員が揃うまでは勝手に始めないように、と念を押されたにも拘らずこの有様だ。(とは言え、これくらいはエレインの予想の範囲内ではあるだろう)
そんな彼らから少し離れた所に座って、ディーノはその様子をぼんやりと眺めていた。
レナードに続いて次々と酒瓶を開けて行くアルマンを押さえるアンジェロと、窘めるクレアの姿に学院生時代の頃を思い出し一人苦笑していると、それに気がついたアルマンが「何が可笑しいんッスか?」と訊ねて来る。
別に何でも、と視線を逸らし、彼らのようにこの花が咲く季節を純粋に楽しめる事がどんなに幸せだろうかと酒を煽れば、微かに眼帯の下の傷跡が疼いた。
「ちょっと、あんた達、私が戻って来るまで待ってなさいって言ったでしょ!?」
ディーノの思考を遮るように、艶のある声が響く。
勤務時間外であるせいか、いつもは纏められている長い髪をおろし、豊満な身体を軽装に包んだエレインが、もう一人の出席者を連れて戻って来たようだ。
「遅ェぞ、セシリヤ!!」
「申し訳ありません」
ひょっこりとエレインの後ろから姿を現したセシリヤは、謝罪と共にレナードへ頭を下げ、そんな彼女の言葉が聞こえているのかいないのか、既に出来上がっているアルマンは、エレインが戻って来たことにより更に酒を煽るペースを速めていた。
その様子に苦笑しているセシリヤを適当に座らせると、エレインは酒をグラスに注ぐことなく直接口へ運んでいるレナードから酒瓶を奪い取る。
「そう言えば、お目付け役のアンジェロはどうしたのよ」
「そこで潰れてんぞ」
酒を奪われたことに不満げなレナードが指を差しながら答えた方向へ視線を向ければ、顔面蒼白で泡をふいたままのアンジェロがひっくり返っている。
どうやらアルマンに無理矢理呑まされたらしい。
勿論、そんなアンジェロを介抱しているのはクレアだ。
まったく情けない、と手で顔を覆うエレインを尻目に、彼らは再び酒に溺れて行く。
騎士団の中でも無類の酒好きで飲み仲間……とも言うべく彼らとは、付き合い始めて長くなる。(一部、まったく飲めない者もいるのだが、この雰囲気が好きで集まって来るのだろう)
いつからか……と問われれば明確に答えられる自信はないが、付き合いが良く顔の広いエレインに何度か誘われて行く内に、いつの間にかこの顔ぶれが揃っていた、と言うわけだ。(エレインがいつセシリヤと知り合いになったのかは解らないが、数少ない女性騎士ならではの縁なのかも知れない)
だが、未だにセシリヤだけはどこか所在なさげにちょこんと端に座っている。
まるで、その存在が異物であるかのような顔をして。
そうしていつも気がつけば、酒宴の席から彼女の姿は消えているのだ。
ディーノは手元にあったグラスと酒瓶を手に取ると、セシリヤの隣に腰を下ろした。
「セシリヤさんも、今日はちゃんと最後まで付き合うんだろ?」
予め、逃げ道を塞ぐことも忘れない。
「ディーノ副団長直々の勧めを断る理由はありません」
ディーノが手渡したグラスに酒を注ぐと、セシリヤは一気に喉へと流し込んだ。
「おいセシリヤ、良い呑みっぷりだな!! 気に入った!!」
何故か呑みっぷりに気を良くしたレナードが、空になったセシリヤのグラスになみなみと酒を注ぎ、とりあえず零れてしまいそうだったので、彼女は再び同じ動作で注がれた酒を喉へ流し込む。
たったそれだけのごく自然な動作なのだが、嚥下する度に動く喉元が妙にイヤらしいなと思わず見つめていれば、
「……どうされましたか、ディーノ副団長?」
「あ……、あぁ、少し俺も酒が回ってるみたいだ」
いつの間にかグラスを空にしていたセシリヤの問いかけに、慌てて不謹慎な思考をごまかすように酒を煽って見せた。
空になったディーノのグラスに、すぐさまセシリヤが酒を注ぎ、注がれた酒を素直に飲み干すと、再び風に吹かれ舞う桜を見上げ、それにつられる様にセシリヤも視線を桜へ移す。
「綺麗ですね」
「……ああ」
会話とも言えない短い言葉を交わし、訪れた沈黙に身を任せたディーノは桜を見上げるセシリヤに視線を流し、その顔を眺めた。
闇と、青白い月と、薄い桃色の花びらの色彩の中、酒に濡れた艶やかな彼女のくちびるがやけに映える。
何も言わずにただ桜を見上げる彼女は、一体何を思っているのだろう……?
酒のせいか、古いはずの傷痕が、また疼いた。
あの頃の記憶は、今もこの傷と共に残っている。
目を閉じれば鮮明に甦る、あの頃の記憶。
……罪を忘れたことは、一度たりともなかった。
【04】