間違いなく"あなた"だったのに -Clare-【憧憬】①
騎士に憧れたのには理由がある。
子供の頃、両親と訪れた先の村で魔物に襲われた。
きっと、今考えれば大した魔物ではなかったのだろうけれど、子供から見れば随分と大きく恐ろしいものだった。
大人たちは持てる知識と即席の武器を使って必至で応戦していたが、徐々に色濃くなって行く死臭になす術もなく怯えていた。
逃げろと叫ぶ父の声に弾かれるように母に手を取られて走り出したが、父の頭を噛みちぎった魔物はすぐにこちらへ目標を変えて追って来る。
追いつかれるのも時間の問題だと、もつれる足を必死に動かしながら、ここで皆、あの魔物に食われてしまうのだと迫る死を頭の片隅で考えた。
走るのも限界だと、握っていた母の手を離してしまったのはその直後だ。
絶望に染まる母の顔が随分とゆっくり視界の端に映り、同時に馬の嘶きと魔物の悲鳴にも似た声に振り返れば、魔物に止めを刺しただろう騎士の姿が目に入った。
夜だと言うにも関わらずその神々しさに見惚れ、お礼さえ言うのも忘れ、ただじっと、その姿を瞳に焼き付けていた。
お礼を言う母と一言二言を交わした騎士は、やがて魔物を全て討伐し終えたことを確認すると、亡くなった人たちを弔ってから部下と思われる騎士達と共に村を後にして行く。
去り際に頭を撫でるその手は、今でもはっきり覚えている。
その手を持つあの人に会いたい一心で、数年後には騎士学院の門をくぐったのだ。
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