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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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過去も、未来も、現在も -Arman-Ⅲ【和解】④


「……手紙の配達ですか? よろしければ私がお届けしますよ?」


 アルマンの持っている手紙に気がついたセシリヤは、少しだけ皺になったそれに視線を向け、手を伸ばす。

 指先が触れるか触れないかの辺りで、アルマンがそれを避ける様に天に向かって腕を上げると、身長と腕の長さの差で、手紙はセシリヤが手を伸ばしても届かない場所で緩やかな風に靡いた。


「……そんな手間のかかる仕事じゃねぇし」


 アルマンよりも下にあるセシリヤに視線を寄越して断ると、彼女は小さく頷いて笑った。

 穏やかに笑うその表情は先程の子供に見せたものと同じで、アルマンの心にすんなりと入り込み、こちらの気持ちまで穏やかになる。

 先程泣き喚いていた子供がセシリヤに懐いた理由が、少しだけ解った気がした。


「……お前、ガキの相手は得意なんだな」


 勿論、その言葉にはアルマン自身のことも含まれている。

 自分で認めて口にしてしまうのは、少しだけ悔しい気もするので、あえて言わなかったけれど。


「いつも、手のかかる人達の面倒を見てますから」


 苦笑するセシリヤの言うそれは、医療棟で暴れたり、傍若無人に振る舞う一部の騎士を指しているのだろう。

 ふと、アルマンは第七騎士団にいた頃に受けた数々の荒療治を思い出し、今でも鮮明に残っているそれに人知れず心の中で身震いをした。


「どこかの団の副団長さんも含めてですけどね」


 アルマンの思考を読み取ったと言わんばかりのセシリヤの言葉にバツが悪いと視線を逸らせば、小さな笑い声が耳を掠めて行く。


 今思えば、セシリヤの荒療治は、あの頃のアルマンにとっては良い薬だったのかも知れない。

 ただ我武者羅に前へ前へと突き進み、いつの間にかアルマンは一定の境界線から突出し、無謀と言う名の領域へと足を踏み入れていた。

 当時何度も晒されていた生命の危機は、セシリヤの荒療治のトラウマにより、今では極端に数を減らしている様な気がする。

(多少精神的にも成長したと言う理由もあるのだけれど、感情的になり易い事を考えるとそれだけではないだろう)


 もしもあの頃彼女に出会っていなければ、最悪、ここには存在すらしていなかったのかも知れない。


 彼女に反発を繰り返していたのは多分、圧倒的な敗北と己の未熟さを目の当たりにした事を、認めたくなかったからだ。

 遭遇した魔物にも、セシリヤ・ウォートリーにも。


「……いつまで経っても、ガキだな」


 手紙を高く掲げていた手を下ろして呟くと、長い間心の中に潜んでいたしこりがその言葉と共に吐き出された気がした。

 未熟さを認めると言う事は、受け入れると言う事は、難しい。

 数年をかけ、アルマンは漸くそれらを素直に受け止める事が出来たのだ。


「セシリヤ……、色々、悪かったな」


 真っ直ぐにセシリヤの瞳を見ながら謝罪の言葉を口にすると、深々と頭を下げた。


「アルマン副団長」


 困惑している彼女の声が、胸を締め付ける。


 今までどれだけセシリヤを不用意に傷つけてきたかは、アルマンが思っている以上なのかも知れない。

 こんな短い言葉では、全てを洗い流す事も、修復する事も不可能なのかも知れない。

 けれど、今のアルマンにはただそうする事でしかセシリヤには何も伝える事ができないのだ。

 例え彼女がそれらを拒絶したとしても、仕方のないことだろう。

 どれだけ手酷い事をして来たのかは自分自身が一番良く理解しているつもりであるし、それは、甘んじて受け入れるつもりだ。


「謝罪なんて、必要ありません」

「……」


 頭を下げている為に、彼女の表情は解らなかったけれど、その声は明らかに硬く、冷たかった。

 予想していたとは言え、流石に現実を突きつけられると精神的なダメージは大きい。

 固まってしまった身体は中々言う事を聞いてくれないままで、アルマンは無意識に拳を握り締めた。


「私は貴方が、こうして顔を見せてくれるだけで、言葉を交わしてくれるだけで、十分なんですから」


 そう笑って不意に髪を撫でたセシリヤの温かい手に、心臓が高鳴りをする。

 しばらくの間、愛でる様に指先で遊ばれた髪は、解放されると同時に再び元の形へ戻って行った。

 ゆっくり顔を上げると既に彼女はアルマンに背を向けていて、その右手にはいつの間に奪われていたのか、あの手紙があった。


「セシリヤ、それは……」

「私宛ですね。……随分と情熱的な内容ですが……、まさかアルマン副団長が書いたんですか?」


 内容を読みながら質問するセシリヤの言葉に一瞬頭がフリーズしたが、もしかするとカミロが名前を書き忘れたのかも知れないと、確認する為に手紙に手を伸ばすも、それはあっさりと躱され、ひらひらと手紙を遊ばせながら彼女は悠々と廊下を歩き始めた。


「ちょっ……、待て、セシリヤ! それは俺じゃなくてカミロの奴が……」

「わかってますよ。貴方にはこんな事、間違っても書けないでしょうから」


 肩を震わせて笑っているセシリヤを見てすぐに揶揄われたことに気づき、けれど、いつものように怒る気持ちにはなれず、溜息を吐いて視線を床に落とした。


「……敵わねぇな」


 過去も、未来も、現在も。

 きっとセシリヤ・ウォートリーと言う女に、勝ることはないだろう。

 視線を上げて、その小さな背中を見つめた、


「アルマン副団長」

「……何だよ」


 不意にかけられた声に答えると、さっきよりも少し離れた場所で彼女は振り返り、声がよく届く様に口元に左手を添えて唇を動かした。


「また、無茶して大怪我なんてして来たら、容赦しませんからね」

「誰が、そんなヘマするかよ」


 セシリヤの言葉を軽く鼻で笑い飛ばしてやると、彼女はいつものあの笑みを見せて、今度こそ医療棟へと向かっていく。



「テメェの荒療治は、もうウンザリだからな!」



 曇りの晴れた心に一人苦笑し方向転換をすると、アルマンは元来た道へと足を踏み出した。



【END】

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― 新着の感想 ―
[良い点] ええええ、ただ髪の色が同じってだけでなく… そういうこと?アルマンとアレス… [一言] バラバラだったパズルのピースが繋がってくような展開で読む手が止まらないです
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