過去も、未来も、現在も -Arman-Ⅲ【和解】③
「団長、いました! あそこです!」
不意に聞こえて来た声で我に返りると、廊下の向こうから厳しい顔をした第六騎士団副団長のシャノンが、ゆったりとした足取りの同じく第六騎士団長のアロイスと共に子供の元へ近づいていた。
どうやら、この子供はアロイスの知り合いの様で、これで漸くこの状況から解放されると安堵したものの、子供相手にぎこちない動きをするシャノンに少しだけ不安を覚えて見守っていれば、アルマンの予感は見事に的中する。
「さあ、戻りますよ」
シャノンが近づくに連れ、子供は先程までの笑みを引き攣らせ後退り、しまいにはセシリヤの後ろに隠れてスカートの裾にしがみついてしまった。
アルマン同様に、表情の硬いシャノンも子供の扱いは得意ではない事が窺える。
一向にセシリヤの後ろから姿を表さない子供に、シャノンも少しイラついているのか、眉間に浅く皺が寄っていた。
それでは益々子供を怯えさせるだけになるのだが、アルマンも人の事をとやかく言える立場ではないので、黙って成り行きを見守るだけだ。
「シャノン、怯えちゃってるよー。笑顔、笑顔作って!」
見兼ねたアロイスに表情を指摘され、無理矢理引き攣った笑みを浮かべたシャノンに思わずアルマンが吹き出すと、容赦ない鉄槌が顔面に入る。
無防備な状態だった為にそれは見事に顔面の急所に入り、アルマンが痛みに悶えてしゃがみ込むと、シャノンの不機嫌に鼻を鳴らす音が聞こえた。
その隙に、アルマンを抜かした三人の間で話はとんとん拍子で進んで行く。
痛みにぼやける視界は中々定まらず、一応当事者としての義務だと会話に耳だけは欹てた。
(実際のところあまり役に立ってはいないが)
「アロイス団長のお知り合いでしたか」
「ちょっとした伝で、今日一日預かる事になっちゃってねー。シャノンに少しの間見てもらってたら、この通り、脱走しちゃってさー」
アロイスが大袈裟に肩を落として説明すると、彼はすぐにいつもの笑みを浮かべながら、子供と視線を合わせる為に膝を折り、小さく安堵の溜息を吐いた。
「ほら、勝手に離れて歩き回っちゃ心配するでしょ。シャノンだってこんな顔してるけど、一応心配してたんだから」
一応は余計ですと言うシャノンの言葉を聞き流し、大きな手でセシリヤの背後から覗いているふっくらとした頬を撫でると、子供は素直に謝罪の言葉を口にして彼女の背後から姿を現した。
アロイスは特に咎める事も無く小さな身体を軽々と抱き上げ立ち上がり、視線が急激に高くなった事に子供は歓喜の声を上げる。
「見つけてくれてありがとう、セシリヤちゃん、アルマンくん」
少し不満そうなシャノンを後目に、アロイスは子供を抱えながら相変わらずゆったりとした足取りで廊下を歩き、その少し後ろにシャノンが控える様に着いて歩く。
アロイスに抱えられている子供が名残惜しそうにこちらを振り返ると、小さな手を左右に動かし、セシリヤがそれに応える様に手を振り返すと、何故かアルマンもそれにつられる様に手を上げて応えた。
子供と言う小さな嵐が過ぎ去り静かな空間が戻ると、アルマンは我に返って再び訪れた沈黙に視線を逸らす。
先程まで流れていた穏やかな時間は跡形も無く消え、一時でも忘れていたアルマンの罪悪感が甦る。
かと言って、このままセシリヤを無視して立ち去る訳には行かず、本日何度目になるか解らない葛藤に、アルマンはただ乱暴に頭を掻き毟るだけだった。
「アルマン副団長、医療棟に御用事だったんですよね?」
「用がなけりゃここに来るかよ」
ここから先は一本道で医療棟に繋がっている為、言い逃れはできず、沈黙を破ったセシリヤの問いかけに素っ気ない答えを返し、また素直になれない自分にイラついて小さな舌打ちをする。
いっその事、謝罪の言葉を紡ぐ事が出来ない舌など無くなってしまえば良いのにと、馬鹿なことを考えた。




