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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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過去も、未来も、現在も -Arman-Ⅲ【和解】①

 イライラする。

 アルマンは、抑えきれない苛立ちを誤魔化すように執務についているのだが、その感情は駄々漏れである。

 一般の騎士たちはそれを肌に感じとり、怯えながらもスルーを決め込み、彼に話かけようとする猛者はいなかった。

 アルマン以外誰もいなくなってしまった執務室に扉を叩く音が響き、入室を許可すれば、軽い乗りで入って来たのは、嘗ての同僚だったカミロだ。


「アルマン、元気か」

「何だよ、用事がないなら出てけ」


 めんどくさそうに悪態をつきながらも、本心では何となく気を許してしまう。

 ずかずかと入り遠慮なく応接用のソファに座るその姿に溜め息を吐きながら、アルマンは書類整理に動かす手を止めてカミロを見る。


「何の用だ、カミロ」

「別に何って訳じゃないが……、どうしてるかと思ってな」


 カミロはそう言って、ぐるりと執務を見渡した。

 そう言えば、団を移動し副団長になってから一度もこうして彼と顔を合わせたことがなかったなと、頭の隅で考える。

 最後に会ったのは、あの洞窟で魔物の群れに襲われた時以来ではないか。

 あの時、カミロは右手に深い傷を負い、以前のように剣を持つことが難しくなり、今は騎士を引退して騎士団の馬丁をやっている。

 騎士をやっている時よりは気が楽だよと、本人は笑って言っているが、アルマンは少しだけ複雑だった。

 あの日、自分が間違った判断をしなかったら、多分カミロは今も騎士として十分やれたのかもしれない。

 今更悔いてもどうにもならないのだが、楽しげに会話をするカミロを眺めながら、思った。


「そう言えばお前、それ、まだ持ってんのか」

「あぁ……、これな……」


 カミロの視線の先には、随分と古ぼけた片方しかない小さな靴が飾ってあり、アルマンは何となくそれを手に取ってみる。

 幼い頃、乗り合い馬車に乗っていた時に賊に襲われ、生き別れた母の唯一の形見だと、父からは聞かされている。

 騎士学院に入る事を決めた時、もしかしたらどこかで母親と会えるかも知れない、母親に会えなくとも弟に会えるかもしれないと、僅かな可能性と共にこれを託された。

 正直、生き別れたのがあまりにも幼い頃で、母親の顔なんて覚えていないし、 弟だって記憶の片隅にもない。

 会ったところで、「ああ、生きてたんだな」くらいにしか思えないだろうと思いつつも、何となく棄てる気にもなれなかった。

 この靴を託してくれた父親も、今はもういない。


「なんつーか、親父の亡霊がでそうで捨てられねーんだよ」

「何だよそれ」


 ケラケラと笑うカミロに安堵していると、不意にその笑い声が止まり、どうしたと視線を寄越してみれば、つい先程までおちゃらけた顔をしていたはずのカミロは、随分と真面目な顔をして此方の様子を窺っていた。


「アルマン……、セシリヤ・ウォートリーを覚えているか」

「……覚えているし、現在進行形で知ってるよ」


 先日、払ってしまった彼女の手とその顔を思い出して僅かに眉を顰めると、カミロは何かを察したかのように溜息を吐いて懐から封筒を取り出した。


「俺は、あの人に恩がある。あの日、必死で助けを求めても誰も動いてくれなかったのに、彼女だけは違った。彼女のお陰で、俺もお前も今、生きている」

「……」


 認めたくはないが、カミロの言う通りだ。

 意地を張って強がっていても、覆しようがない事実だった。

 あの日、確かにアルマンはセシリヤ・ウォートリーに助けられた。

 随分と派手な荒療治だったが、彼女のお陰で今の自分がいる。

 感謝は少なくともしているのだ。

 だが、素直に認めてしまうのが何となく悔しくて、つい反抗的な態度に出てしまう。


 手を払ってしまったあの時だって、本当は……。


 アルマンの様子を知ってか知らずか、カミロは小さく笑うとアルマンへ持っていた封筒を渡し、それがセシリヤ宛であることを確認したアルマンは、一体何のつもりだと首を傾げた。


「暫く怪我で休んでいたらしいが、今日付けで彼女が復帰するんだってな」


 そう言えば、そんな話を耳にした気もするが、それとこの封筒と何の関係があるのだろうか。

 訝し気に封筒を眺めていると、


「お前も色々思う所があるかもしれないが、素直になれよ」


 存外いい女だと思うけどなと肩を叩かれ、図星を突かれてついその手を払ってしまったが、カミロは気にも留めず「彼女に渡しておいてくれ」と部屋を後にした。

 残されたセシリヤ宛の封筒を見つめ、深い溜め息を吐き出して頭を抱える。

 何で俺がと思いつつも、手を払った時のセシリヤの驚いたような悲しそうな顔を思い出して、心が軋んだ。

 更に、どこかから話を聞きつけ気を遣ったのだろうカミロの気持ちを無碍にする訳にも行かず、暫く頭を悩ませたのだった。




【24】


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