とにかく、あいつはヤバイ女だ -Arman- 【不服】③
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セシリヤとの最悪な対面をしてから早数日。
絶対安静と診断されたにも関わらず、アルマンはこんな所にいたのでは良くなるものもならない、と毎度毎度脱走を試みてはセシリヤに捕まり、<治りの早い治療>とやらを繰り返されていた。
この攻防戦はいつもセシリヤが一枚上手で、気が付けば任務復帰予定とされる期間もとうに過ぎており、ここから出られないのは彼女に捕まるたびに施される治療によるもではないだろうかとさえ思えてくる。(いや、実際はそうなのだが)
この程、五度目の脱走に失敗し、目の前にはまた、彼女。
「いい加減、言うことを聞いて下さらないと、流石の私も困ります」
「絶対、テメェを沈めてここから絶対脱走してやる!!」
食ってかかるアルマンの腕を難なく捻り上げると、そのままベッドへ身体を押し付ける。
「これでも、貴方より先輩ですよ。テメェじゃなくてセシリヤさんとお呼びなさい」
「イデデデデデデデデっ、放せ、バカ力!」
懲りない人だ、と苦笑するセシリヤにそれでもアルマンは食ってかかる。
「言うことが聞けないのなら、このまま腕一本、折っておきましょうか? あの洞窟で無残に魔物に食い殺されるよりはマシですよ」
「!?」
その一言で動きを止めたアルマンの蒼白な顔を見て、セシリアは満足そうに微笑むと、拘束していた腕を放して彼の乱れた病衣服を整えながら、
「自分の力量を見極めなければ、護れないどころか、大切なものを失ってしまいますよ」
そう諭すように笑うと、アルマンのベッドサイドに腰掛けた。
確かに、今回の出来事で己の未熟さを知ったし、可愛がってくれていた先輩も失ってしまった。
第七騎士団の貴重な戦力を削ぎ、団長や副団長、他の騎士達へ多大な迷惑をかけてしまった。
……申し訳ないと、思っている。
復帰を焦っているのは、何も出来なかった、何も護れなかった自分を恥じているからだ。
「今は心と身体を休めて、それから、自分に向き合いましょう、アルマン」
まるで見透かされているようだと不貞腐れるアルマンの頭を撫でるセシリヤの表情は穏やかで、けれどどこか愁いを帯びた彼女の瞳から、目が離せない。
考えてみれば、彼女は医療団員で、所属は違えど自分よりも先輩で、もしかしたら志半ばの人間の死を自分よりも間近で沢山見て来ているのかも知れない。
その中には、彼女が救えなかった者もいたのかも知れない。
だからこそ、彼女はこんなにも厳しく、けれど優しく、
「そもそも、医療団員の私に捩じ伏せられる時点で、まだまだ鍛錬が足りてないのではないかと」
……なんてなかった!
前言撤回。
こいつは悪魔だ、本当に!
セシリヤの挑発とも取れない言葉と笑顔に、一気に思考が萎えてしまった。
一瞬でも彼女が自分の心配をしてくれている、本当は優しい人ではないのだろうかと思ってしまった事がアホらしい。
へし折られたプライドと、傷ついた純真な心を返せ!
いつか出世して見返してやるから覚えとけよ!
そんな安っぽい台詞を叩き返し、更にはこれが元で、彼女に対して苦手意識ができたことは言うまでもない。
けれどこの後宣言通りに着々と功績を残したアルマンは、数年後、無事副団長への昇格を認められ、第四騎士団へ移動することになるのだった。
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「セシリヤさん、入るぜ」
「あ、ディーノ先輩」
脳内に甦る過去の嫌な思い出を振り払うかのように頭を振っていれば、移送される部下と入れ違いで部屋へ入って来たのは、アルマンの騎士学院時代からの先輩であり、第三騎士団の副団長であるディーノだ。
「何だ、お前もいたのか」
些か棘のある物言いだが、これがいつものディーノであることは学院生時代から重々承知である。
けれどどことなく、隻眼の鋭い視線がいつもより刺さる気がするのは気のせいだろうか……。
そんなアルマンの様子などさして気にも留めず、ディーノは持っていた書類をセシリヤに手渡す。
「ジョエル団長から、セシリヤさんへ渡すようにと」
「わざわざ有難うございます、ディーノ副団長」
たったそれだけの会話のはずなのに、どこか入り込めない雰囲気が二人を覆った気がした。
……何なんだ、この二人。
片や、第三騎士団の副団長。
片や、医療団の平団員……。
普通に考えて、この二人に見当たる共通点など何もないはずなのに。
以前から気にはなっているものの、普段から余計なことを話さないディーノに、セシリヤとのことを深く追求することもできず、アルマンはただただ首を傾げるだけだった。
目の前で他愛もない談笑をする二人の様子をじっと見ていると、セシリヤのアルマンに対する態度とディーノに対する態度が全く違うことに気がつき、何故だか無性に腹が立った。
まるで自分だけが蚊帳の外ではないか、と無意識に鼻を鳴らせば「まだいたのか?」と言うディーノの視線に居心地の悪さを感じてそそくさと逃げるように部屋を後にした。
「セシリヤ・ウォートリー……か」
とにかく、あいつはヤバイ女だと思う。
そして、それ以上に謎の多い女だと思う。
確信などない。
けれど、薄々感じてはいた。
セシリヤが、並みの医療団員とは違うことを。
ディーノが、それを知っていることを。
セシリヤが、医療団員で収まる器ではないことを。
ディーノが、それを知っていることを。
そしてそれは、アルマンが介入できないほど厚く見えない壁で覆われていることを。
「やっぱり、あいつは苦手だ……」
過去も、未来も、現在も。
【END】




