それっきり、帰って来なかった -Ceciliya- Ⅱ【後悔】④
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「セシリヤ、気分はどうですか?」
「……マルグレット団長」
セシリヤの意識が回復した直後、傍でずっと手を握っていたプリシラはイヴォンネに連れられて部屋を出て行き、先程までマルグレットの手伝いをしていたユーリも、一通りの診察が終わると運んでいた書類を届ける為に部屋を後にした。
マルグレットは比較的顔色も良くなったセシリヤの様子に安心し、傍らの椅子に腰かけて安堵の溜息を吐く。
「魔物の襲撃にあって、プリシラちゃんを護ったことは覚えていますか?」
頷いて見せると、一時はどうなるかと心配しましたよと眉を顰めて、けれどどこか安心したような声音で呟き、セシリヤが今の状況を確認しようとベッドから身体を起こせば、マルグレットに制止された。
ゆるやかに押し戻された身体はそのままベッドに沈んで行き、どれくらい眠っていたのかと問えば、四日間昏睡状態であったことを告げられて、セシリヤはまだ少しぼんやりとしている頭に納得をさせる。
微かな不安を感じるのは、あんな夢を見たせいではない。
四日間も眠っていたせいでまだ少し記憶が混乱しているせいだと自分に言い聞かせながら、先程まで小さな手に握られていた左手を目の前に翳して見た。
まだ、温かいあの小さな手の感触が、残っている。
「あなたが眠っている間、毎日プリシラちゃんが来てくれていたんです」
「……そう、ですか」
サイドテーブルに視線を寄越せば、沢山のキャンディが転がっていて、そう言えば、沢山あるからいつでも欲しい時は言ってねと、小さなカバンを見せていたことを思い出し、手を伸ばしてキャンディの一つを取って眺めた。
あの時、プリシラを連れて行かなければ、あんな危険な目に合わせる事もなかったのにと、自分を責められずにはいられない。
「セシリヤ……、自分を責めてはいけませんよ」
考えていることがマルグレットに伝わったのか、彼女は少し怒った顔をして小言を続ける。
「たまたま貴女が向かった先に、魔物が襲撃をしてきただけです。プリシラちゃんは、そこに居合わせてしまっただけで、何も貴女のせいではありません」
自分を責めるのは筋違いですと言ってセシリヤの両頬を抓るマルグレットは、あの頃よりも少し、大人びていた。
長寿種族とのハーフだが、流石にこれだけ年月を重ねれば外見も変わって来るのだろう。
時間は確実に流れているのに、少しも変わらない自分の姿がとても歪に思えてしまう。
普通の人間だったのなら、もしかしたら誰かと結婚し子供も産んで育てて、今頃は残された余生を楽しんでいたかもしれないはずだったのに、呪いはそれを許してはくれないのだ。
マルグレットの顔を見上げて、曖昧に頷いた。
「マルグレット団長」
ふとマルグレットを呼ぶ声がして、声の主へ視線を寄越すと、書類を届けて来たらしいユーリが部屋のドアの隙間から顔をのぞかせていて、マルグレットがどうしたのかと訊ねれば、第五騎士団の派遣していた小隊が帰還した為怪我人の手当ての応援をお願いしますと、顔色を窺いながら答えた。
マルグレットはそれに了承すると、セシリヤに無理はしないようにと言い残し退室して行った。
まだ部屋を覗き込んでいるユーリは、どこか不安そうな顔をして此方の様子を窺っていて、大丈夫だから早く怪我人を診てあげてと声をかけると、どこか腑に落ちない顔をしながらマルグレットの後を追って行く。
上手く笑っていたはずなのにと、閉められたドアから視線を窓の外に移し、空を見上げた。
雲ひとつない快晴で、開けられた窓から入って来る風は心地良く、セシリヤの心とはいやみな程に真逆だった。
「……魔王……」
それは、この世界の脅威となる存在で、その目的は世界を滅ぼすことにあると思っていた。
事実、王であるフシャオイにはそうであると聞かされていたし、セシリヤもそう認識し、共に旅をして魔王を封印した。
だが、実際は違った。
それに気が付いたのは、三代目勇者であるアイリだ。
アイリはあの時、「魔王は貴女に執着している」と言っていた。
そして、「貴女を絶対に傷つけない」とも。
思えば、いつも怪我をする時は誰かを庇っての事だった。
第七騎士団にいる時も、アイリの時も、今回のプリシラの時も、魔物は自分ではない誰かを狙っていた。
セシリヤ自身を殺すよりも、護ろうとしている者をわざと傷つけるかのように。
全てに当てはまる訳ではなかったが、アイリの話を聞いたことで次第にその真実味が増して行く。
何故、王は魔王を封印しても浮かない顔をしていたのか。
何故、王は二度目の封印の時には関わらせてくれなかったのか。
王は、気づいていたのだ。
魔王が、誰であるのかを。
そして今も、一人でその事実を抱えて戦っているのだ。
戦場に出る事は叶わなくても、この終わらない戦いに終止符を打つ為に試行錯誤をしながら。
それを知った時に自分はどうすべきかと考え、結局知らないふりをする事に決めたが、それが正しかったのか未だに正解がわからない。
巡る思考にいつもブレーキをかけたのは、勢いに任せて言い放ってしまったあの言葉だ。
あの雨の日に出て行ったきり帰って来なかった彼は、あの言葉を本当はどう思っていたのだろうか。
不老不死などと言う、ごく普通の人間としての生を全うできなくなるような呪いをかけるくらいなのだから、きっと深く傷つき、今でも恨んでいるのかもしれない。
だから、何度でも復活するのだ。
この世界を護ろうと必死にもがき、苦しんでいる人々の姿を見せる為に。
彼と同じく、この世界に一人取り残されて行く苦痛を、自分へ与える為に。
――― ハルマのわからず屋! 大嫌い!
何故、彼が魔王などと言う存在になってしまったのか知る由もないが、この世界を、王を苦しめる原因を作ったのは、紛れもなく自分自身だ。
「……もう、どんなに謝ったって、遅すぎる」
取り返しのつかない事実に、セシリヤはただ後悔と自責の念に駆られるだけだった。
涙は次から次へと流れるが、いくら泣いた所で許されることもない。
サイドテーブルの上のキャンディが、こつんと音を立てて、床に落ちた。
【END】




