それっきり、帰って来なかった -Ceciliya- Ⅱ【後悔】③
魔王を封印する旅に、護衛役兼相談相手としてアイリについて行くよう王に命じられたセシリヤだが、旅の途中、アイリに呼び出された先で魔物と遭遇し、彼女を庇って深手を負い王都へ帰還することになってしまった。
最後まで見届ける事は出来なかったが、アイリもまた魔王を無事に封印し終え、元の世界へ帰る前日に話をしたいと時間を作り、口火を切ったセリフがそれだった。
一体どう言う事なのか、全く理解できなかったセシリヤは反応に困ってしまい、けれどアイリが嘘をついているとは思えなかった。
セシリヤの反応に若干イラつきながら、アイリは続ける。
「魔物が襲って来た時、貴女が私を庇って怪我をしたでしょう? 意識も無くて、すぐにでも止めを刺す事だって出来たのに……、あの時、魔物は貴女の怪我を治し始めたのよ。勇者であるこの私を殺す事だって出来たのに、私には目もくれずに!」
私はこの目で見た、間違いないと息巻くアイリの言葉に更に混乱する。
魔物が襲って来るのは理解できるが、治療をするなどとは聞いたことがない。
しかもあの時は完全に意識が飛んでいて、当事者であるセシリヤも全く身に覚えがないのだ。
更にアイリは続ける。
「それから、魔王……。彼は、貴女に執着してる。どうしてかは知らないけど……、とにかく、封印しても解かれてしまうのはそのせいだと思う」
何十年も前に突如として現れ、この世界を脅威に陥れたと言う魔王。
アイリは魔王が自分に執着していると言うが、執着されるに至る理由が見当たらない。
一体、何をどうすれば執着されるのかと、セシリヤは首を傾げるばかりだった。
アイリは深いため息を吐き、わからないならそれでも良いと言い、
「これだけは言わせて。魔王は、絶対に貴女を傷つけない……。だってあの人は……、」
その続きは聞きたくないと、思わずセシリヤは夢の中のアイリの口を塞ぐも手応えはなく、その身体をすり抜けて行くだけだった。
しかし、願いは聞き届けられたのか、アイリの姿も当時のセシリヤの姿もいつの間にか消えており、そこには元通り、闇だけが広がっている。
ほっと溜息を吐き、何もない空間を見つめた。
あの時アイリが放った言葉は、今でも忘れられない。
その言葉を聞いた瞬間に、すべての出来事に納得が行った。
初めて魔王を封印した時のフシャオイのこと、二度目の封印の時にはセシリヤを一切関わらせなかったこと、そしてなにより、かけられた呪いのこと。
全てを理解した時に激しく後悔し、同時に悲しくもあった。
事の始まりは全て自分のせいであると、責められずにはいられなかった。
……このまま目覚めなければ、苦しまなくて良いのかも知れない。
ふと、そんな考えが頭を過る。
考えて見れば、家族も恋人もいない、護らなければならない人もいないのだ。
このまま生き永らえるぐらいなら、ずっと眠ったままでも良いのではないか。
起きた所で、またあの白い部屋の中に閉じこもるだけだ。
手放そうとしても手放せなかったものも、すべて手放せる簡単な方法だ。
何もない空間に寝転がって、目を閉じた。
もう、何も考えなくていい。
意識が闇に呑まれて行くような感覚に、抗うことなく従った。
――― セシリヤちゃん……
まどろんで行く意識の中で、微かに名前を呼ばれた気がした。
誰の声だったか考えるのも億劫で、けれど、この声の主を護らなければと必死になっていたことだけは覚えている。
――― セシリヤちゃんは、一人じゃないからね。
幼さの残る声が優しく呼びかけてくる度に、起きなくてはと言う気持ちが少しずつ強くなって行く。
ここでこうしている場合ではないと、闇に呑まれそうになって行く意識を引き戻す。
―――ちゃんと傍にいるよ。
この声は、誰のものだったろうか。
とても、大事な約束をした気がする。
「セシリヤちゃん!」
ゆっくりと瞼が開くと同時に飛び込んで来た顔に安堵し、同時に夢から醒めてしまったことに落胆した。




