それっきり、帰って来なかった -Ceciliya- Ⅱ【後悔】②
これは、夢だ。
何もない、真っ暗な空間にセシリヤは立っていた。
つい先程まで間近に見ていたハルマとの生活の様子が途切れ、静寂と闇だけが取り巻いている。
夢だとわかっているのに、起きなければと思っているのに、その方法がわからない。
夢だとわかっているのに、この空間にただ一人、取り残されているような気がして不安になる。
周囲を見渡しても闇が広がるばかりで、無暗に動くことも出来ない。
セシリヤは大人しくその場に立ち、自分の身体が目覚めてくれることを祈った。
「フシャオイ……!」
ふと、懐かしいその名を叫ぶ声が聞こえて振り返る。
目の前に現れたのは、若かりし頃の王とその仲間たちの姿だ。
「やったな、フシャオイ! 勇者ってのは本当だったんだな!」
「失礼なこと言うんじゃないわよ! 最初から勇者だって私は信じてたけど」
「……お前ら、調子のいいこと言うなよ。散々疑ってたくせに」
魔王を封印した直後なのか皆ボロボロになっており、けれど魔王を無事封印出来た事を喜び、フシャオイを讃えていた。
けれどフシャオイの顔はどこか浮かないまま、封印されて行く魔王をじっと見つめていた。
夢とわかっていても、フシャオイのそんな顔を見ていると、どうしたのかと問いたくなってしまう。
ぎゃいぎゃいと魔王に勝利したことを喜び騒ぐ他の三人を後目に、フシャオイを見つめる。
「フシャオイ、どうしたの?」
一歩踏み出したところで、フシャオイの肩に手をかけたのは紛れもなく、あの頃の自分自身だ。
今と全く変わらない姿をしていることが、今の自分の歪さを表している。
セシリヤの問いかけにフシャオイは首を左右にふると、魔王を打ち倒した達成感に浸っていただけだと言って、構えていた剣を鞘に戻し笑って見せた。
当時の自分はその言葉を信じてしまったけれど、本当は全く違うことを考えていたのを後から知る事になるのだ。
一人でそれを背負い続けるフシャオイがもどかしくて、けれど、あえてそれに気づかないふりをする事に決めたのも、真相を知ってからだった。
浮かれている仲間たちもフシャオイの元へ駆けより、帰った後の話をしている刹那、完全に封印される間際に、魔王は出せる魔力の限りを尽くして攻撃を仕掛けて来た。
それに気づいた時には何をするにも遅く、一撃を受けてしまったのはセシリヤで、大したダメージはなかったものの、胸には小さな痣が残ってしまった。
気にする必要はないと仲間たちは言っていたし、セシリヤ自身も小さな痣くらいどうと言うことはないと、気にも留めることはなかった。
だが、年を追うごとにその痣は大きくなって行き、やがて、自身の身体が全く老いていない事に気が付いた。
一緒に戦った仲間たちは少しづつ年を重ねて行くのに、セシリヤだけは何一つ変わらないまま時間だけが過ぎて行く。
既に建国し王位についていたフシャオイは、話を聞く限り不老の呪いではないかと言い、その呪いを解く為にちょくちょく城を抜け出すようになった。
時には騎士団の遠征について行き、他国を回って呪いに関することを調べたが一向に手がかりは掴めないまま、けれどセシリヤは、不老であるのならその分長く騎士団に所属し国の為に戦えると、前向きに捉えていた。
不老の噂を聞き、セシリヤを神に祝福された者だと誰もが口々に言い、果ては戦場に出ると必ず勝利を収めて来ることから、女神の化身であるとまで言い出す者もあった。
しかし、噂に翳りが見え始めるまで、時間はかからなかった。
そこで景色が途切れ、再び闇が辺りを取り巻いた。
思い出したくない出来事を、こうも見せつけられるのは苦痛だが、眠っている自分の意識の中にあるものだから仕方がない。
夢であるのなら夢らしく、楽しい夢を見せてくれたら良いのにと、誰もいない空間で呟いた。
同時に、どこかから肌を叩くような乾いた音が響く。
振り返れば、マルグレットが怒った顔をしてベッドに座るセシリヤを見下ろしていた。
「何故貴女はそうやって、無謀なことばかりするの!?」
怒っているのに、みるみるうちに涙目になっていくマルグレットの姿は今でも覚えている。
第七騎士団に入団して来たレオンへの風当たりが強く、正当にその功績も評価されないことに意義を唱えて、結果、それが任務に支障をきたしてしまった時だ。
まさか虚偽の任務だとは思わずに、向かった先で遭遇した魔物は下級ではなく上級のものばかりで、連れて行った新人騎士では到底歯が立たないと判断したセシリヤは、レオンに新人騎士らを任せ、安全な場所に退避させるまでの間、時間を稼ぐ為にたった一人で立ち向かって行った。
次々と襲い掛かって来る魔物を倒しながら、圧倒的に不利な状況に置かれている事にほんの一瞬だけ死を連想してしまう。
それでも、生きて帰らなければと懸命に剣をふるい、最後の一体とギリギリの状態で対峙した際、セシリヤは確実に魔物と刺し違えていた。
……だが、生きていた。
マルグレットはレオンが駆け付けてくれたから助かったのだと言っていたけれど、あの時、確実に致命傷を負っていた。
おかしいと疑問に思いながら、ふと胸にあった痣を見れば、それは禍々しく形を変え更に広がっていることに気が付いた。
後日、見舞いに来たレオンに話を聞けば、確かにあの時心臓は止まっていたが奇跡的に息を吹き返したのだと言う。
安堵するレオンに素直に頷く事が出来ずに呪いの話を打ち明けると、ひどく驚いていたが、いずれにしても助かったのならそれで良いと真面目に受け止めてくれた。
しかし、本当にそうなのだろうかと、後になって何度も自問自答を繰り返し、やがてこの呪いは、不老の呪いではなく、不老不死の呪いではないかと思うようになっていた。
また後日、こっそり王に相談すると彼はたいそう驚き、けれど必ず呪いを解く方法を見つけて来ると約束してくれた。
だが、何年経っても呪いを解く方法は見つからない。
一向に変わらないセシリヤの姿を見て、いつしか周囲は魔王の手先、悪魔の子などと陰口を叩くようになっていた。
また途切れる景色に、瞼を閉じる。
これ以上は、何も見たくない、聞きたくない。
そう思っているのに、次から次へと景色が映りそして消えて行く。
目を閉じているのに、耳を塞いでいるのに、強制的に見せられ聞かされるそれらは、やはり自分の中の記憶だからなのだろう。
「貴女がいる限り、この世界は……、人々は、何度でも脅威にさらされるの」
今度は何を見せるのかと恐る恐る目を開ければ、そこにいたのは三代目勇者のアイリだった。




