それっきり、帰って来なかった -Ceciliya- Ⅱ【後悔】①
物心がついた頃から、その違和感はあった。
父と母はいたが、彼らは随分と年若く、多分、本当の両親ではないことをセシリヤは薄々感じていた。
けれど、かけられた愛情は深く、血の繋がりなど関係なしに本当に愛してくれる彼らと生活出来る事が嬉しかった。
深い深い森の奥にひっそりと隠れるように暮らしていたのも、何か理由があっての事だと、口に出して訊ねる事はなかった。
ある晩、ひどく雨の降る中、父は"害獣"が出たから始末をしてくると言い残して出て行った。
母は不安に怯えながらも、大丈夫だからとセシリヤを安心させるように強く抱き締めてくれた。
父はそれっきり、帰って来なかった。
母は泣き、これからは私が貴女を護らなくてはと涙を拭いて笑顔を作った。
けれど間もなく、その母もいなくなってしまった。
父と同じく、"害獣"が出たから始末をして来ると言い残して。
雨の音を聞きながら、ベッドの中で帰って来ない母をいつまでも待っていた。
それでもどうにか一人で生活をしていた頃、偶然この家の近くを通りかかり親切にしてくれた女性も、気が付けばいなくなっていた。
生まれたばかりの赤ん坊を抱えて大変だったろうに、全く他人である自分の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた彼女に碌にお礼も言えないまま、会えなくなってしまったのが気がかりだった。
更に数年経って、一人の生活にもすっかり慣れた頃、どこから迷い込んで来たのか一人の青年と出会った。
彼は怪我をしているようで、セシリヤが肩を貸し辛うじて歩けるくらいに衰弱しており、話を聞けば、ストラノ王国の獣人の差別に糾弾したところ、王の気に障ったのか殺されかけて命からがら逃げ出してきたと言う。
年齢はセシリヤよりも四つ年上の十六歳で、名前を"ハルマ"と名乗り、面白いことに、彼はこことは別の世界から来たと言って、異界の色々な話を聞かせてくれた。
異界では馬や馬車ではない、四つの車輪がついた頑丈な乗り物にのって移動したり、魔術がない代わりに便利な道具があったり、夜になっても街はこの世界よりもずっと明るく、何よりこの世界よりも余程平和だと言うこと、それから家族のことを話すハルマの顔は、どこか物憂げだった。
聞けば、父は早くに亡くなっていて、母親とまだ小さな妹が一人いるらしい。
今日が妹の誕生日なのに、用意したプレゼントを渡せなくなってしまった事を嘆いていたのを覚えている。
帰る方法も分からず、召喚したはずの国の王を敵に回してしまった為に行く当てもなくなってしまったハルマを、帰る方法がわかるまでここにいていいとセシリヤは快く受け入れ、またハルマもその申し出を受け入れた。
追われる身であった為に目立った行動はできなかったが、二人での生活は存外楽しかった。
ハルマは知る限りの異界の知識をセシリヤに教え、セシリヤもこの世界のことを教えた。
今後、この場所が見つかってしまうかも知れない事を考えて、剣術や魔術を身に着けておくことも必要だと二人で勉強し、それらを上手に使いこなせるようになった頃には、一緒に暮らし始めて六年の歳月が過ぎていた。
比較的穏やかな日々を過ごしていたある日、珍しくセシリヤは熱を出して寝込んでしまった。
病気はさすがに魔術でも治せず、医者を呼ぶにもお尋ね者のハルマが街まで出てしまえば厄介なことになる。
寝ていれば治ると言っていたセシリヤだが、五日経っても熱が下がる事はなく、いよいよこのままでは危ないと、ハルマは街へ医者を呼びに行くと言い出したのである。
それは絶対にダメだと熱でクラクラする頭で何度も諭したが、それでもハルマは首を縦にふらず、押し問答の末に、
「ハルマのわからず屋! 大嫌い!」
と、セシリヤは勢いに任せて言い放ってしまった。
大嫌いなどとは微塵も思っていなかったし、自分の為に危険を冒そうとしているハルマをただ、引き留めたかっただけなのに。
だが、ハルマは笑って薬を買って来るだけだから心配するなとセシリヤの頭を撫で、お守りだと言って薄い緑の飾り石のついた髪飾りを置いて行った。
異界に残してきた妹の為に買っておいたものだから、必ず取りに戻ると約束をして。
意を決して出て行くハルマを見送りながら、口から出てしまった言葉について謝る機会を逃してしまったと、後悔しながら目を閉じる。
外はいつの間にか雨が降り出していて、父も母も雨の日に出て行ったきり帰って来なかったと、不安を覚えながらも意識は遠のいていった。
ハルマも、そのままこの家に帰って来ることは、なかった。
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