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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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血は途絶えていない -Yvonne-【秘密】④


 見れば見る程に、あの写真に写る領主の妻に似ていると思う。

 それも不可解なことに、セシリヤは出会った頃から一切老化していない。

 普通の人間であれば、とっくに引退して余生を過ごしていてもおかしくはないはずなのに。


 疑問に思いながらも傍らに立ち、その頬に手を伸ばして慎重に彼女の身体に流れる魔力を探り、そこで二つの異質な魔力に気が付いた。

 病衣を開いて胸にある痣を目視する。

 一つはこれだ。

 マルグレットに確認すると、おそらく<不老>の呪いではないかと話していた。

 何故そんな呪いをと訊ねて見たが、マルグレットは首を横に振るだけで明確な答えは得られなかったが、今はそんなことを聞いている場合ではない。

 問題はもう一つ、その呪いの陰に隠れるようにして蝕んでいる魔力……、精神に干渉すると言われている禁断魔術だ。

 話には聞いたことがあったが実際に目にしたのは初めてで、すぐさま王の耳に入れると箝口令を敷かれ、書庫から古い書物を持ったアンヘルが現れた。

 精神に干渉する魔術に関する書物で、この魔術を作り出した元凶であるストラノ王国が滅びた時に回収して厳重に保管していたのだと言う。

 カビくさい本のページを開けば、研究の内容がびっしりと書き込まれていて、更に実験の内容まで事細かに書かれていた。

 その多くは、獣人を実験台にしたものだ。

 不快感に眉を顰めながら時間の許す限り読み進めたが、結局解き方まではわからず、このままではセシリヤが目覚めたとしても同じことを繰り返してしまう可能性がある。

 あと二、三日もすれば意識が戻るだろう彼女にかけられた魔術を、何としても解除しなければならない。



 "ウォートリー領の領主様には、敬意を払い生きろ。

 あの醜くて傲慢な王とは違う、清廉潔白な魂を決して忘れるな。

 末代まで崇めよ、血族が絶えるその時まで"



 ふと、曾祖母から聞かされていた言葉を思い出し、随分と古くなってしまった写真を取り出して眺めた。

 所々に染みができ、劣化によって写真の端はボロボロになっていたが、テオバルド・ウォートリーとその妻は、古びた写真の中で穏やかに微笑んでいる。

 曾祖母は、いつもこのテオバルド・ウォートリーの話をした後に発動しないあの術式を描き、そしてイヴォンネが真似るのを見て、魔術の才能があるのかも知れないねと頭を撫でてくれた。

 それが嬉しくて、何度も何度も描き続けた術式。

 一体何の意味があるのかと周囲には笑われていたが、イヴォンネにはどうしても意味のない物には思えなかったのだ。

 曾祖母が亡くなってからは術式を描くことは無くなっていたけれど、もしかするとアレは、発動させるための対となる魔術が必要なのではないか。


 それが例えば、精神に干渉する魔術であったとすれば……。


 そこまで考えて、流石にそれはあり得ないと首を横に振った。

 あまりにも都合が良すぎる妄想だと思う一方、でも、もしかしたらと言う期待があったのは確かだ。

 望みは薄いが試す価値はあるのではないかと考え直したイヴォンネは、手にしていた本をそのままに病室へと急ぐ。

 容態を見に来ていたマルグレット、そして王とアンヘルが見守る中、イヴォンネの描いたその術式は、見事に発動したのである。


 何故、曾祖母が解除の術式を知っていたのかは謎だが、とにかくセシリヤが助かったと言う事実に安堵した。



 *



 一通り調べ終えたイヴォンネはほっと溜息を吐き、セシリヤの顔を覗き込んだ。

 精神に干渉する魔術の名残はなく、回復も順調そうだ。


「早く起きてね……。セシリヤちゃんは、一人じゃないからね。ちゃんと傍にいるよ」


 そうプリシラが話しかけたと同時に、ふとセシリヤの睫毛が僅かに揺れた気がした。

 けれど瞼が開かれる事はなく、気のせいであった事に落胆しつつ、プリシラに少し遅くなったが昼食を取りに行こうと言葉をかけて支度を促し、彼女に帽子を被せる。

 しかし、一向に支度をしようとしないプリシラに首を傾げ、どうしたのかと口を開きかけると、


「セシリヤちゃん……?」


 セシリヤに呼びかけるプリシラの様子が違うことに気づき視線を寄越せば、先程まで閉じていた瞼が開いていた。

 声はハッキリと出ていなかったが、微かにプリシラを呼ぶかすれた声が聞こえ、呼ばれた本人は椅子から身を乗り出して応える。


「セシリヤちゃん、わたし、ここにいるよ! 無事だよ! 大丈夫! 怪我してないよ! セシリヤちゃんが護ってくれたから!」


 プリシラが無事であった事に安心したのかセシリヤの目から涙がこぼれ、プリシラはそれを懸命に小さな手で拭っていた。

 早く誰かを呼ばなければと、イヴォンネはプリシラにその場を任せ病室を飛び出し、マルグレットがいる部屋を目指す。

 途中、おどおどした青年とすれ違い、一応彼にも伝えておくべきかとセシリヤが目覚めた事を伝えると、彼は運んでいた書類の束を盛大にまき散らしながら慌てて病室へ向かって行った。

(書類を落としたまま行ってしまったが、大丈夫なのだろうか……。一応拾い集めた)

 次いでマルグレットにセシリヤが目覚めた事を話すと、彼女も騎士の怪我の治療を途中で放棄して病室へ走り、その場に残された騎士もどうして良いかわからずに固まっていた。

(マルグレットに代わって一応は診てあげたけれど、彼は終始怯えっぱなしだった。失礼な!)


 治療がひと段落した後病室へ戻り、診察の邪魔にならないようにプリシラを連れて部屋を出る。

 プリシラはもう少し一緒にいたかったようだが、目覚めたばかりのセシリヤに負担をかけてはいけないと諭せば、渋々彼女も納得してくれた。


「ねえ、ママ……、セシリヤちゃんが元気になったら、ちゃんとお礼言いに行こうね」

「そうね。ママもそう思っていた所よ」


 小さなプリシラの手を握って答えると、どこからともなく腹の虫が鳴く声が聞こえ、お腹が空いたと恥ずかしそうに笑うプリシラにつられてイヴォンネも笑ってしまった。


 獣人への差別は完全には無くなってはいないが、こうして笑っていられる日々が愛しいと思う。

 もしもあの時代に、ストラノではなくテオバルド・ウォートリーが王位についていたのなら、今頃は差別と言うものは遠い昔の物になっていたのかもしれない。



 "ウォートリー領の領主様には、敬意を払い生きろ。

 あの醜くて傲慢な王とは違う、清廉潔白な魂を決して忘れるな。

 末代まで崇めよ、血族が絶えるその時まで"



 今はもう、一部の獣人しか知らないウォートリー家の話だ。


【END】

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