血は途絶えていない -Yvonne-【秘密】②
理不尽な要求に頭を下げろと言われている獣人に、容赦のない暴力が振るわれたその時だ。
「何を騒いでいるのですか?」
穏やかな声にも関わらず凛とした声は野次馬達に道を開かせ、その先に立っていたのは一人の女騎士だった。
襟色が黒と言う事は、第七騎士団なのだろう。
騎士団で珍しい女騎士は、好奇に注がれる視線も気にせず真っすぐに開いた道を歩き、騒ぎの中心へと向かって行った。
「騒がせて申し訳ありませんっ」
獣人を攻め立てていた一人が声を発すると、彼女は一瞥し、座り込んでいる獣人に手を伸ばした。
「立って、顔をあげて」
獣人はびくりと肩をはねて、恐る恐る顔を上げ、彼女の手を取った。
「あなたは、責められるようなことをしたのですか?」
彼女の問う声に、獣人は首を横に振る。
「いいえ……! 自分は彼らに言われた通り、昨晩武器庫の整理を終えて鍵を閉めました。それから一度もそこには行っていない……だから、盗難なんてありえません!」
「しかし、今朝確認した時には、複数の剣や防具が見当たりませんでした」
すかさず責め立てる騎士の声に、獣人は涙目になり何度も首を横に振って否定した。
「武器や防具がなくなっている……、それは間違いありませんか?」
「ありません!」
「そうですか……」
残念ですと目伏せた彼女は溜息を吐き、獣人を見た。
「大丈夫。私は公平に判断します」
にこやかに笑ってそう言うと彼女は来た道を振り返り、此方を目指して走る騎士たちの到着を待った。
「セシリヤ、武器庫の鍵番を拘束した。なくなっている武器と防具については既に裏ルートで売り払ったと……、どうしたんだい?」
状況を飲み込めない騎士が首を傾げると、セシリヤと呼ばれた騎士が頷き、再度詳細を訊ねる。
「レオン、武器庫の剣と防具がなくなったのはいつ、わかったの?」
「たった今、武器庫をあけてからだ。鍵番は白々しく驚いていたが、厳しく問い詰めればあっさり吐いたよ」
「………と、言う訳なんですが、貴方たちはいつそれを知り得たのですか? 鍵番とグルであったのか……、百歩譲って騙されたとしても、一番に報告しなければならないのは、所属する団の団長なのではありませんか?」
彼への暴行の件と併せてお話をする必要がありそうですね、と今まで獣人を責めていた騎士たちを連れて行くように命じ、言い訳を並べ喚き散らす彼らを冷めた目で見送っていた。
濡れ衣であるとわかった野次馬は、興味を失くしたのかそれぞれの目的地へと向かい始め、人だかりが消えるとすぐに平穏な日常に戻る。
セシリヤは獣人に医療団の元で治療を受けるよう言い、それから、
「辛いことはまだ沢山あるけれど、負けないで頑張って。貴方が真面目にやっていることは、いつか必ず報われるわ」
一瞬、何を言われたのかと呆けた獣人だったが、すぐに我に返ると、もう一人の騎士と肩を並べて歩き始めていた彼女を呼び止め名前を訪ねた。
「私は、第七騎士団所属のセシリヤ・ウォートリー。いつか任務で一緒になったら、その時はよろしくね」
そう言い残し去って行く彼女を見つめながら、イヴォンネは確信した。
ウォートリーの血は途絶えていない。
震える指先で懐に大事にしまってある写真を取り出し、そして何度も見比べる。
セシリヤ・ウォートリーと名乗った彼女の顔は、曾祖母が大事にしていた写真に写るテオバルド・ウォートリーの妻と瓜二つだった。
【20】




