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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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こんな世界で交わす約束ではなかった -Joel-Ⅱ【約束】③

「……一体いつから、セシリヤに呪いがかけられたのか」


 ポツリと呟けば、マルグレットが首を横にふり、


「わかりません……。でも、呪いの進行具合を見る限り、少なくとも……、この国(ロガール)が出来る前なのではないかと思います」


 今も、少しずつ呪いは進行している。

 このまま蝕まれ続けて行けばどうなるのかは、あまり想像したくなかった。


「自刃した時も、この呪いが関係していたのかい?」

「いいえ……、と言いたい所ですが、呪いもまた自刃するに至るまでの切っ掛けだったのかも知れません」


 そう言って、マルグレットは視線を逸らしてしまった。

 何か言いづらいことがあったのか、それとも、単に話が終わったからなのかは判別がつかない。

 窓から入ってくる風が、優しくカーテンを揺らした。


「ジョエル団長……、貴方は……」


 そこまで言いかけると、マルグレットは扉に視線を寄越したまま黙ってしまい、つられるように視線を向ければ、


「セシリヤちゃん、起きた?」


 開いた扉の隙間から顔をのぞかせているのは、イヴォンネの娘だった。

 彼女がセシリヤと一緒にいたおかげで、魔物の出た地域を特定することができて、救出も間に合った。

 ある意味で今回の襲撃において、立役者だ。

 遠慮がちに訊ねる彼女に「入っておいで」と手招きをすると、おずおずとセシリヤの元に歩いて来る。

 ジョエルは座っていた椅子を彼女に譲り、小さな体を抱き上げて座らせた。


「まだ、起きてないんだね……」


 様子に変化の見られないセシリヤを見て項垂れた彼女は、小さなカバンから半透明のキャンディを取り出してサイドテーブルに置いた。

 散らかっているキャンディは、どうやら彼女が持ってきた物のようだ。

 もう一度ベッドに横たわるセシリヤの様子を窺うと、相変わらず閉じられた瞼に溜息をついた。


「セシリヤちゃん……、わたし、ここで待ってるからね」


 その小さな呟きに、マルグレットもジョエルも顔を見合わせ、ただ心を痛めることしか出来なかった。



 *



 マルグレットからセシリヤの意識が回復したことを聞いたのは、それから二日後の午後のことだった。


「医療棟へ行って来る。すまないけれど、後の事は君に任せるよ」

「承知しました」


 片付けなければならない仕事は山積みだったが、今すぐにでも彼女の傍へ行きたいと言う気持ちが勝り、ディーノの不在にも関わらず、別の騎士に行き先を告げると後を任せて執務室を出た。

 あと数十分もすれば陽も落ちると言うのに、これでは途中で職務放棄したと責められても仕方がない。

 それでも逸る気持ちを落ち着かせながら、医療棟へと急いだ。

 いつもより道のりが長く感じたのは、急いたジョエルの心が作り出した幻に違いない。


「ジョエル団長」


 医療棟の入り口で少しおどおどとした青年と会い、彼はジョエルに会釈をすると、すぐに小さな部屋へ案内してくれた。

 まるで、ジョエルがここにやって来るのを知っていたかのようだ。


「あまり長い面会は出来ませんけど……、セシリヤさんは喜ぶと思います」


 廊下を歩きながら、青年はそう話す。

 まだどこか気分が優れない様子の彼女を見兼ねて、マルグレットが直接ジョエルだけに面会の許可を出したのだと言うことも。

 何故彼はジョエルの面会でセシリヤが喜ぶと思ったのかは解らないけれど、そう言われると余計に早く彼女に会いたいと心が焦る。


 きっと彼女は今、不安定な感情の波に揺蕩っているに違いない。

 完全に沈んでしまう前に、彼女をそこから引き上げなくてはならない。


 あの時(自刃した時)と同じ彼女の姿を脳裏に思い出してしまったジョエルは、それを振り切るように部屋の扉を開けた。


 殺風景な部屋にある小さなベッドに上半身だけを起こし、ぼんやりと窓の外を眺めているセシリヤの姿が目に入る。

 案内してくれた青年は「後はお願いします」と言い残し、扉を閉めて行った。

 彼女の気分が優れないと判断されたのは、ぼんやりとどこかを見つめている姿を見てのことなのだろう。

 こちらの姿にさえ全く気づかない彼女は、あの時(自刃した時)を彷彿とさせる。


「セシリヤ」


 彼女に歩み寄りながら名前を呼ぶと、窓の外に向けられていた視線はゆっくりとジョエルに向けられた。

 彼女の瞳は、僅かだが赤みを帯びている。


 ……泣いていたのだろうか?


 セシリヤの視線ががジョエルの姿を捕らえると、彼女は柔らかに笑った。


「ジョエル団長、まだ職務中ですよ。仕事は、どうされたのですか?」


 確かに職務を放棄して彼女に会いに来てしまったが、そこは許してほしいとジョエルが懇願すれば、微かに笑う声が聞こえた。

 その様子に安堵し、顔色を見るように頬に手を伸ばした。


「君の気分が優れないようだと、ここへ案内してくれた団員に聞いたんだ」

「大丈夫だって、言ったのに……」


 どこか拗ねた口調の彼女の顔に手を伸ばす。

 指先に触れる微かに湿った頬の感触は、やはり彼女が泣いていた証拠だとジョエルは思った。

 何故泣いていたのかは、敢えて問わない。

 それはあの時(自刃した時)から二人の間に生まれた、暗黙のルールでもある。


「きっと彼は、他人の気持ちに敏感なのかもしれないね」

「……ユーリは、心配性なんです」


 頬に触れているジョエルの手にセシリヤの手が重なり、いつもより体温の低い彼女の手は、縋るようにジョエルの身体を引き寄せる。

 ジョエルは引き寄せられる力に素直に従うと、そのままセシリヤを胸に収めた。


「……ジョエル」

「まだ、職務中じゃなかったのかい?」

「……意地悪」


 先程の仕返しと言わんばかりのジョエルの珍しい軽口にセシリヤは思わず笑みを零し、それにつられて笑えば彼女の縋りついている手に力が籠もった。

 ジョエルの身体に縋りついていなければ、どうにかなってしまうのではないかと錯覚させるくらいに。


「不安かい?」


 否定も肯定もしないまま、セシリヤはジョエルの胸に顔を埋めたままだ。

 これ以上、彼女が心の内に踏み入れさせてはくれないだろうことを知っているジョエルは、黙って彼女の頭を撫でる。


「ジョエル」


 不意に顔を上げて名前を呼ぶ彼女に少し驚いたが、すぐいつもの様に呼びかけに答えれば、


「……ごめんね」


 それが、何に対しての謝罪なのか解らなかったが、不安に揺れる彼女の瞳に自分の姿が映り、安心させるように微笑んで見せた。


「君が謝ることは何も無いよ。こうして君が無事でいてくれただけで、十分だ」

「……ごめんね」


 再び謝罪の言葉を口にするセシリヤの紅くなった目尻に口付けし、ふと、扉の方に微かな人の気配を感じて身体を離すも、既にその気配は消えていた。

 僅かに開いた扉が、来訪者があったことだけを告げている。


「ジョエル……、どうしたの?」


 不思議そうに首を傾げたセシリヤに「何でもない」と答えると、空を赤く染め始めた陽を遮るようにカーテンを引き、薄暗くなった部屋に明かりを灯そうとベッドから離れるが、それを引き止めるようにセシリヤの手が袖を掴んだ。

 明かりを灯すだけだと説明したが、どうせ後は眠るだけだから必要ないと頑なに首を横に振るセシリヤに根負けして、そのまま傍にあった椅子に座り、彼女もまたベッドに横になる。

 袖を掴んでいた手は、いつの間にか離れていた。


「お墓……、無事かな……」


 ポツリと呟いたセシリヤの言葉に、現地へ向かう事のできなかったジョエルはどう答えて良いか分からず一瞬口籠るが、多分、レオンならば墓を守りながら戦うことなど造作もないだろうと結論づけて肯定し、その答えに安心したのか、彼女の口から安堵の溜息が漏れた。


「大切にしているものは、いつも失くしてしまうから、少し、心配だったの」


 天井を見つめながらそう続けるセシリヤの瞳から涙がこぼれた。


 ……そう言う事か。


 彼女はいつだって、大切なものを失っている。

 両親も、ジョエルの母親も、志を同じくしていた仲間も、引き取った子供(アレス)も。

 一度は騎士団を去る事を決めた彼女は、説得に折れて医療団に籍を置いているが、必要以上に他人と関りを持とうとしない。

 自惚れかもしれないが、そう考えると自分に対する距離も何となく、理解できるような気がする。


 彼女は、護る為に全てを手放そうとしていたのだ。


 けれど、完全には手放せない事に葛藤し続けている。

 また失う事を恐れて拒絶しても、どこかで微かに期待をしてしまう彼女自身に。

 涙に濡れる頬に手をのばして指で涙を拭い、それから髪を梳くように撫でた。


「大丈夫だ、セシリヤ。心配することは、何もない」


 何があっても、傍にいる。

 言葉には出来なかったけれど、何を言わんとしていたのか気づいたセシリヤは僅かに頷いた。


 こんな世界で交わす約束ではなかった。

 いつ死ぬとも知れない身で無責任な約束をして、「もしも」が起きた時に彼女を悲しませるかも知れない。

 王の言う、魔王のいない世界が現実になった時、自分はここにはいないかも知れない。

 それでも、保証のない約束だとしても、彼女を繋ぎ止めるには十分だった。


 どれくらいそうしていたかはわからないが、気が付けば、いつの間にかセシリヤは眠っていた。

 陽の沈み切った空が部屋に(とばり)をおろし、面会時間の終わりを告げている。


「……こんな約束しかしてやれない私を、許してくれ……、セシリヤ」


 眠るセシリヤの額に唇を寄せ、小さな呟きは闇に溶けて行った。



 【END】

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[良い点] ジョエル……ジョエルいいぞ あぁ……誰にしよう(なに [一言] 切ないのう 守るために離れる……
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