とにかく、あいつはヤバイ女だ -Arman- 【不服】②
次に目が覚めたのは、医療棟のベッドの上だ。
身体中の痛みは多少薄れているものの、まだ起き上がることが出来ず、アルマンはベッドに身体を預けたまま辺りを見まわした。
普段治療を受ける総合救護室とは異なり、とても小さな部屋のようで、必要最低限のものしか置かれていないその場所は奇妙なほど殺風景である。
「……ここ、何処だ?」
「医療棟の特別救護室」
「!?」
微かに呟いたアルマンの問に、答えが返された。
思ってもない返答に驚き、声の主を確認しようと身体を動かそうと試みるも、自分が思っている以上にダメージを受けているのかうまく動かせず、悔しさに舌打ちをすれば、無理はいけませんよと優しい声が同じ方角から聞こえて来る。
ここから死角になるところに声の主はいるようだ。
「俺……は、生きてんだな……」
運が良い……、と呟いた直後、アルマンの腹に重い一撃が入り、それも上手く鳩尾に入ったようで、喉元まで酸っぱい液体が上がって来る。
息苦しさと喉元の不快感に咳き込み、一撃を食らわせたであろう本人を涙目で睨みつけるが、更にもう一発、今度は脳天目掛けて拳が振り落とされた。
流石に黙ってはいられない、とアルマンは痛みに悲鳴を上げる身体を無理矢理起こして相手に掴みかかる。
どうやら、女のようだ。
「テメェ、さっきから何なんだよ!!」
「生き延びたのは、貴方の運が良かったからじゃないの。私の腕が良かったからよ」
「あァ!?」
襟元を掴み掛かられているのに、表情一つ変えず淡々と答える女に苛立ちは募る。
怯えたり、助けを求めさえすれば少しは手加減でもしてやるのに、とアルマンは鼻を鳴らし、脅し程度に乱暴に振り払うつもりで襟元を掴んでいた手に力を込めたが、逆にその手を掴まれたと思えば、いとも容易くベッドへ捩じ伏せられてしまった。
「イデデデデデデデデデデデデ!!!!!!」
「怪我人は怪我人らしく、大人しくしていてね」
それが怪我人に対する仕打ちか、と喉元まで出かかったがこれ以上何かされてはたまらない、と言う本能の判断が言葉を飲み込んだ。
解放された腕には見事な痣が浮かび上がっていて、一体どれだけの力を込めたんだ、と内心驚きを隠せない。
ジワジワと痛む腕をさすりながら、絶対にこの女の隙を見計らって脱出してやる、と心に決めた。
「さて、まだ貴方は治療の途中です」
「は?」
見る限り外傷は塞がっているし、後は大人しくしていれば問題ないのでは、と言うアルマンの疑問を知ってか知らずか、女は満面の笑みを見せると、両手の指をパキパキと鳴らしてアルマンの元へゆっくりと歩み寄る。
本能が逃げろと警鐘を鳴らすも、あまりにもちぐはぐな状態で満面の笑みを浮かべている女が恐ろしくて動けない。
まるで、蛇に睨まれた蛙だ。
「私の治療、治りは早くても痛いことで有名なの」
覚悟して下さいね、と可愛く首を傾げる姿がとてつもなく恐ろしい。
この女はヤバイ……。
がっしりと掴まれた肩から伝わる手の温かさが、副団長となった先も尚、記憶の片隅に残ろうとは思ってもみなかった。
*
*
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「ぎぃゃああああああああああ!!」
開け放たれた扉の奥で、部下が痛みのあまりに仰け反り失神しかけているのが見えた。
「オイ、セシリヤっ!!」
「部屋に入る前は一言挨拶かノックはして下さいね、アルマン副団長」
アルマンの怒気を含んだ声と視線を気にも留めず、果たして治療と言えるかどうかもわからない行為が騎士に施される。
こうなったセシリヤは、誰が何をしようとも止められないことを嫌でも思い知っているアルマンは、不憫だ、と思いつつも荒療治が終わるのを傍から見つめることしかできなかった。
「あぁ、スッキリしました」
程なくして騎士を解放すると、セシリヤはすがすがしい朝を迎えたかのような伸びをしながら、冷めたお茶をすすった。
「テメェ、俺の部下でストレス発散してんじゃねぇよ!!」
「ストレス発散ではなく、治療です」
「いや、ぜってぇ違う!!」
アルマンの言葉を無視するように横を通り過ぎると、セシリヤは遠慮がちに叩かれた扉を開く。
「セシリヤさん、そちらの騎士を病室へ移送します」
「よろしくお願いします」
短い会話が終わると、医療団員達は手早く移送用の担架を運び入れた。
騎士が病室へ移される間際、セシリヤは気を失っている彼を見つめ、そしてこの瞬間いつも、少し愁いを帯びた瞳を一瞬だけ覗かせるのだ。
それは、あの頃と変わっていない。