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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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こんな世界で交わす約束ではなかった -Joel-Ⅱ【約束】②

 部屋からシルヴィオの気配は完全に無くなったと言うのに、胸の中に残るはっきりとしない不快な感情がジョエルの心に渦巻いている。

 恐らく無断で侵入したのであろうシルヴィオは、魘されているセシリヤの異変に気付いたに違いない。


 彼女を蝕んでいる、()()に。


「見たのか」と言う問いかけにどちらともとれる返答をシルヴィオはしていたが、それについて沈黙を通したことは正解だった。

 呪いの事は一部の者にしか知られておらず、セシリヤの許しを得ずに他者に漏らしてしまうことだけは避けたかった。

 (はだ)けている胸元から覗く禍々しい痣を見えないように片手で直して、傍にあった椅子を寄せ腰かける。

 握ったままの酷く冷たいセシリヤの手は、本当に生きているのだろうかと疑ってしまうほどだった。

 耳を澄ませて微かに浅い呼吸が聞こえることを確認し、改めてジョエルは彼女が生きていることに安堵する。

 こうして彼女の生存を確認して安堵したのは、これが二度目だ。


「ジョエル団長、いらしていたんですね」


 診察に来たのか、マルグレットが部屋の扉を閉めてセシリヤの傍らに立つ。


「……面会は遠慮するようにと言われたが、押し切ってしまって申し訳ない」

「貴方であれば、大丈夫でしょう」


 どこか含みのある言葉だったが、ジョエルは特に追求はせず、セシリヤの診察をするマルグレットの動きをぼんやりと眺めながら、昔セシリヤから聞かされた話を思い出していた。


 いつの頃からかは曖昧であるが、彼女とマルグレットは友人であったとジョエルは記憶している。

 過去、第七騎士団に所属していたセシリヤは必然的とも言うべきか、医療団に所属していたマルグレットの世話になっていたことを切っ掛けに親しくなったと聞いている。

 今よりはマシだが、それでも随分と手荒い稽古で負った怪我は計り知れないと、彼女は事も無げに話していた。

 マルグレットの怪我の治療は丁寧で、時折、本気で身体の心配をして怒ってくれる彼女は、セシリヤにとって姉のような存在だと言っていた。

 今も昔も、セシリヤを診る役目はマルグレットであることは変わっていない様だ。

 医療団の団長となった多忙な今でも、マルグレットは他の怪我人の治療の合間を見ながら、こうして直々にセシリヤの容態を確認しに来ている。

 それほどまでに、二人の間には信頼関係が成り立っているのだろう。


「……こう言うところは、以前とは変わっていない様ですね」


 独り言の様にも、セシリヤに話しかけている様にも取れるマルグレットの呟きに、ジョエルは顔を上げる。

 マルグレットの動きは、視線は、依然としてセシリヤに向けられたままだ。


「自分の危険も省みず、何かを護ろうとする……、志は、何も変わっていない」


 マルグレットが何を言わんとしているのか今一理解できなかったが、ジョエルは黙って彼女の話に耳を傾ける。

 セシリヤからマルグレットの話を聞いたことがあっても、マルグレットからセシリヤの話を聞くのは初めてだったから、と言う理由もあった。


 もしかすると、自分の知らないセシリヤの過去をマルグレットは知っているかも知れない。

 もしかすると、自分の知らないあの時(自刃した時)のセシリヤのことをマルグレットは知っているかも知れない。


 期待を微かに抱いていたことも事実だ。


「こんな呪いのせいで、しなくても良い苦労を強いられて……。どうして呪いを受けたのが、貴女だったの?」


 セシリヤの頬に手を添えて、マルグレットは眉を顰めじっとその顔を見つめ、けれど眠るセシリヤからは何の返答もなく、溜息を吐いて頭を一撫ですると、名残惜しいとばかりに手が離れて行った。


 ジョエルがセシリヤの呪いの事を知ったのは、第三騎士団へ移動した後の事だ。

 第七騎士団に入団したレオンに対する差別が酷く、それを擁護するセシリヤとの諍いが水面下で何度か起こっていた時期に入った任務で、諍いから来る支障が出てしまったのだ。

 セシリヤを始めとして、レオン他数名の新人騎士が簡単な任務として向かった先にいたのは上級の魔物の群れで、新人騎士では全く歯が立たないと判断したセシリヤが、彼らが安全な所に退避するまでの間一人で戦い、新人騎士を退避させた後に現地へ戻ったレオンが、ボロボロになった彼女を連れて城まで帰って来た。

(後日、この任務がセシリヤと反目する騎士の虚偽だと判明し、厳重に処罰されたのだが)

 満身創痍ではあったものの、何とかその場を乗り切った彼女は三日間、目を覚まさなかった。

 その間、治療を担当したマルグレットが胸に刻まれている呪いを見つけたのだ。

 マルグレットの見解では、恐らく不老の呪いだと言う。

 当時、その話を聞いた時は驚きを隠せなかったが、冷静に考えると、人間であるはずのセシリヤが老いることもなく、自分と同じ長寿種族のように時間を共にしている事に納得してしまった。

 何があったのか直ぐにでも聞きたい所ではあったが、セシリヤが話さなかったのには理由があったのだろう。

 単に話す機会がなかったのか、それとも呪い持ちであることを知られたくなかったのか。

 呪い持ちであろうと、セシリヤに対しての態度が変わる事もなかったのだが、本人にとってはそうも行かなかったのかも知れないと、いつか彼女が話してくれるまで、呪いのことは知らないふりをすることに決め、マルグレットと二人で今まで秘密を守って来たのだが……。


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