こんな世界で交わす約束ではなかった -Joel-Ⅱ【約束】①
『プリシラちゃんは無事だけど、一緒にいたセシリヤ・ウォートリーが重傷、意識なし。すぐにマルグレット団長の応援をよろしく』
聞こえて来た内容にハッとするも、既に現地に向かう人選は終わっていて、お前に出る幕はないと言われたような気がして拳を握り締める。
魔力の低いジョエルでは、不安が残る。
レナードの指摘はもっともであるし、レナード本人も思いの外生まれ持った魔力が高く、今回の襲撃には持ってこいの人物だ。
セシリヤの元へ駆けつけたい衝動を抑えつつイヴォンネとレナード、マルグレットを見送ると、最後にレオンが席を立った。
ジョエルよりも後に騎士団へ入団し、けれど、その才能と血の滲むような努力によって第一騎士団長になった彼もまた、高い魔力を持っている。
努力しても一向に上がらない生まれ持った魔力の壁が、ジョエルを苦しめていた。
何故、どうして自分には魔力と言う物に恵まれなかったのか。
自然と視線は下を向き、悔しさに昂る気持ちを落ち着かせるように息を吐いた。
「ジョエル団長」
声を掛けられ顔を上げると、レオンが眉を下げながら此方を見ている。
「この場は僕たちに任せてほしい。その後は、君の番だ」
戻って来たらセシリヤを頼む、と続けてレオンも現地へと向かい、残されたのは輝きを失い罅の入ったブローチだけになった。
現地へ向かった彼らを見送ると、先ず一番最初にシルベルトが席を立つ。
「第四騎士団も、監視区域に異常がないか確認します」
「同じく、第五騎士団も行ってきます」
それに続いて、ラディムも席を立った。
「じゃあ、僕は第七騎士団に現地へ合流するよう手配しとこうかな。多分レナードもそれを見越してるだろうし、怪我人運ぶには、足がなくちゃね」
アロイスもゆったりと立ち上がり、それから、
「あ、そうだ。ジョエル団長は、ディーノくんに連絡とってね。一応、監視区域の見回りをしなきゃだし。それと、医療団での治療も必要になるだろうから、すぐ受け入れできるように手配してくれる?」
ああ忙しくなるなと言い残し、けれどその言葉とは裏腹に緩慢な動きで部屋を出て行ってしまった。
明らかに気を遣われているのが見えて、ジョエルは何とも言えない気分になる。
レナードの一言に動揺し、肝心な時に役に立てない自分に対する悔しさと嫉妬。
これ程までに激しく憤った事は、初めてだった。
セシリヤが関係していると知って、尚更。
「……第三騎士団も、監視区域に偵察を出します」
様子を伺っていた王とアンヘルにそう告げて一礼をすると、足早に部屋を後にした。
セシリヤが何かに困っていたり、助けを必要とする時に限って役に立ったためしがない。
同じ第七騎士団にいた頃は、セシリヤと常に共にいた為にそう感じなかったが、第三騎士団へ移動してからと言うもの、今まで一度たりとも彼女が窮地の時に手を差し伸べることが出来なかった。
いつも事後報告で、セシリヤに会う度に自分を責められずにはいられなかった。
更に自刃から回復したセシリヤが復帰してから、徐々に彼女との間に距離が空いている事に気が付いた。
表面上は何一つ変わってはいなかったけれど、彼女の視線は自分を見ているようで見ていない。
確かに視線は交わっているはずなのに、その瞳には間違いなく自分の姿が映っているのに。
歯痒かった。
彼女が子供を引き取ったと聞いた時も、その子供が騎士学院へ入った時も……、亡くなった時も、彼女は何も求めはしなかった。
何を聞いても「大丈夫」と自分に言い聞かせているかのようで、どんなに手を差し出してもそれを取る事はしなかった。
そして、今回もきっと……。
傷を負っているセシリヤの元に駆け付けることも許されず、こうして城で到着を待つことしかできない以上は諦める他なかった。
現地ではレオンとレナードが存分に力を発揮しているのだろう。
悔しさに歪む唇を堪え、目前に迫る扉に手をかけた。
【19】




