嘘は、いけないなぁ -Silvio-Ⅱ【推測】⑤
「……魔王……、とか?」
一瞬、頭を過った嫌な予感にまさかと頭を振って、痣の浸蝕を止める為に胸元に手を翳した。
自分と同じかそれ以下の邪神との契約であれば、浸蝕を止める事ができるはずだ。
もしもそれ以上……、例えば、本当に魔王が干渉しているのだとすれば……。
セシリヤの胸元に翳した手に僅かに反応が見られたが、すぐに強く拒絶するかの如く弾かれてしまった。
右手の痛みに眉を顰めながら、シルヴィオは考える。
この拒絶反応を見る限り、十中八九は自分の読み通りだ。
セシリヤは、何らかの<契約>によって、これまで姿かたちが変わらないまま生きながらえている。
何故そんな事になっているのかはわからないが、彼女の様子からして自ら望んだとは思えない。
それに……。
再度確認しようと、セシリヤの胸元に手を翳して見る。
もしも、間違いで無ければこれは……、
「シルヴィオ、何をしてるんだ?」
ふと声をかけられたことにハッとして振り返ると、ドアを開けてこちらを見ているジョエルと視線が合った。
見ていると言うよりは、睨みつけていると言った方が正しいかも知れない視線に気づかないふりをして、いつもの調子で訊ねて見る。
「ジョエル。そんな所に立ってないで、入っておいでよ」
「……見たのか?」
此方へ向かってくる彼から返って来たのは予想通りの問いかけで、しかし、シルヴィオはいつもの表情を崩さなかった。
……ジョエルは、知っているのか。
セシリヤの傍に立つジョエルに場所を譲って、極めて冷静に、
「見たって、何を?」
あえてどちらとも取れる反応を返し様子を伺ってみたけれど、ジョエルはそれに乗らずそっとセシリヤの手を取り、手を握られた彼女もすぐに落ち着きを取り戻し、また静かに呼吸を繰り返す。
「わあ、すごいねぇ、ジョエル。あっという間に落ち着いちゃった」
感嘆の声を上げながら拍手してみるが、一瞥するだけでジョエルはすぐにセシリヤに視線を戻し、応えることは無かった。
ジョエルのセシリヤに対する態度は異常な程敏感で、それは今でも変わっていない。
アイリにそれを訊ねられた時、何となく条件反射だと答えたけれど、実際の所は詳細不明で無理やり自分を納得させる為の答えだったようにも思う。
こうして今、セシリヤを見つめるジョエルを見ていると、慕情のような甘ったるい感情がひしひしと伝わって来て、あの時の答えはあながち間違ってはいなかった事を感じると共に、どうして二人とも微妙な気まずさを残しているのか不思議でならなかった。
「ねえ、ジョエルとセシリヤってどういう関係?」
「……」
思い切って訊ねてみても、やはり得られる答えはない。
いつも彼らの関係を問うても、返ってくるのは沈黙か曖昧な笑みだけだった。
別にそれを聞いたからと言ってシルヴィオにどうこうしようと言う気は無かったし、他言するつもりもないが、こうまでして沈黙を守ると言うのなら、それ以上問いただすべきではないだろう。
不完全燃焼だが、仕方ない。
これ以上の長居は無用と病室の扉に手をかけた。
「シルヴィオ」
「……何?」
扉に手をかけたまま振り返ると、
「彼女は、戦友だよ。長い間、どんな時も共にいる、戦友だ」
「……そう」
短く返して、もう振り返ることはしなかった。
廊下を歩きながら、一つ、深いため息を吐く。
「……戦友ね……」
酷く愁いに満ちた瞳のジョエルの顔。
あれのどこが、戦友を見る目だと言うのか。
セシリヤに対しての態度も接し方も、まるで……、
「……嘘は、いけないなぁ……」
これ以上考えるのを放棄して、両腕を頭の後ろで組む。
彼らが隠しているつもりなら、気づかない振りをしておこう。
決して彼女や彼をどうこうしようとは思っていない。
自分は彼女に恩を返したいだけだ。
孤児院で、ただ生かされていた日々に色を差してくれた彼女に。
「そのためには、彼女に執着してるアレ……、ちょっと調べてみるか」
まだ微かに右手に残る痛みを思い出しながら呟いて、図書室へ向かう。
アイリの言っていた<イベント>がどう言うものだったかは今更調べることは不可能に近いが、彼女を苦しめている<契約>については猶予がある。
溜まった報告書の整理もまだ残っていて、更に調べものをするなんて狂気の沙汰だが、そこはまあ、アンジェロがなんとかしてくれるだろう。
良い部下に恵まれたなと、陽の傾いた空を見上げた。
【 E N D 】




