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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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嘘は、いけないなぁ -Silvio-Ⅱ【推測】④

 * 

 *

 *



 二人の救出劇から、翌々日。

 マルグレットの治療のお陰でセシリヤの傷の回復は早かったが、出血が多かったせいで意識はまだ戻っておらず、面会はマルグレットの許可がない限り禁止と言う指示が出されていた。

 当然の措置とは言え、救出にあたったシルヴィオとしては、やはりその後のセシリヤの容態も気になる訳で、あの日から、更に激務に追われながらも奇跡的に空いた時間を使って医療団へ顔を出した瞬間、シルヴィオ自身も例外なく門前払いを食らい、けれど、普段から潜入も仕事の一部としている為に、医療団員の制止の言葉を躱して監視の視線を掻い潜る事は造作もなく、思いの外あっさりとセシリヤのいる部屋へ入ることが出来てしまった。

(後で監視を強めるようマルグレットに助言しようか迷ったが、侵入したことを自白するようなものなので黙っておくことにする)


 シンプルな扉を開けると、真っ白な部屋に一台だけ置かれた簡素なベッドで、セシリヤは眠っていた。

 傍らには椅子が一脚、それからベッドサイドには部屋と同じ色をしたサイドテーブル。

 その上には、誰が置いて行ったか解らない色鮮やかなキャンディが数個、散らかっている。

 眠っているセシリヤの傍に立ち、そっと髪に触れ柔らかな毛先を掬い上げると唇を寄せ、彼女の顔を覗き込んだ。


「いつも、タイミングが合わないんだよね。君との接触を図ろうとすると、何かしらの邪魔が入るんだ」


 幼い頃、孤児院に訪ねて来た彼女(セシリヤ)の元へ行こうとした時も、去って行く彼女(セシリヤ)に手を振った時も、彼女(セシリヤ)を探して騎士団へ入団した時も、三代目勇者と共に旅に出た時も、接触を試みれば必ずと言って良い程に邪魔が入ってくる。

 とにかく全てにおいてタイミングが悪く、ようやく傍に辿り着いたと思ったら彼女に意識がないのだから、どこまでも縁がない。

 掬い上げた髪を放して椅子に腰を降ろし、ベッドの端に片肘をのせて頬杖をつくと、セシリヤの頬をなぞった。


「君に助け出されてから、もうかなりの年月が経過してるのに、何も変わってないから驚いたよ。君は僕の事、覚えてないみたいだけど……、あんな貧相だった子供がこんな色男になるとか想像つく訳ないだろうし、仕方ないか」


 何度か顔を合わせる事はあっても、ゆっくりと話をする機会はなく、あの時のお礼も言えないまま、二十年以上もの月日が経過している。

 それでもセシリヤの姿は何一つ変わる事がなく、そしてシルヴィオもまた、彼女と同じようにその容姿が一定の姿から変わる事はなかった。


「多分、君と同じで、僕も()()じゃない。この身体を保つにもそれなりの代償がいるから、中々大変なんだ」


 図らずも得てしまったこの特異な身体は、幼い頃に暮らしていた孤児院を装う邪教団の<儀式>によるもので、ある制約がついている為に日常生活へ若干の支障をきたす事もあって、今でも苦労する事がある。

 邪教団の<儀式>が行われていたあの日、祭壇に拘束されていた幼いシルヴィオに向かって刃を振り上げる信者をセシリヤが間一髪の所で斬り、偶然にもその飛沫を浴びてしまった事で、忌むべき邪神と呼ばれる存在と契約が交わされてしまったのだ。

 契約の証なのか、知らぬうちに手の平に刻まれていた邪教団の刻印は手袋の下に隠し、制約に縛られながらも何とか生きながらえていた。

 少々不自由な生活に不満がなかった訳ではないが、こんな身体になってしまったからこそ恩人であるセシリヤと再会出来たと思えば、悪くはないのかも知れない。


「君に意識があれば、あの時助けてもらったお礼と思い出話(三代目勇者の話)に花を咲かせたかったんだけど……、また別の機会にとっておくよ」


 こんな時に三代目勇者(アイリ)の話など聞きたくはないかも知れないけれど、アイリとセシリヤの間に何があったのかを確認する事で、以前、図書室で医療団の青年が発見したアイリのノートに書かれた謝罪の真意と、セシリヤについての手がかりが掴めるような気がしてならないのだ。

 異常な程厳重に隠されているセシリヤの情報を少しでも紐解けば、更にその先にある大きな何かが掴めそうな、そんな気がする。


 別の機会と言うものが果たしていつ訪れるかは、わからないけれど……。


 入室した時よりも少し角度の変わった陽射しに、思っていた以上に長居している事に気が付き、名残惜しさを感じながらもセシリヤの頭を撫でて立ち上がると、ほんの僅かに彼女の唇が動いた気がして、踏み出しかけていた足を止めて振り返る。

 つい先程まで穏やかに眠っていたセシリヤだったが、何か悪い夢でも見ているのか苦しそうに眉を寄せ魘されていて、閉じられたままの瞼の端からは、涙がこぼれ落ちた。

 誰かにこの様子を伝えた方が良いのか迷ったシルヴィオだったが、無断で入室している事を思い出して考えを却下すると、零れた涙を拭う為にセシリヤの頬に手を伸ばす。

 魘されて身体が動いたせいか少し(はだ)けた病衣の胸元に気がつき、整えても良いのだろうかと悩んでいると、急に部屋の空気が淀んだ気がして周囲を見渡した。

 窓は換気の為にほんの少しだが開いたままになっていて、時折優しい風も入って来ているにも関わらず、室内の空気はやはり淀んでいて、僅かだが肌もピリピリと刺激を受けているような気がして首を傾げた。


 この肌に感じる刺激は、セシリヤとプリシラを助けに行った際に見た魔物と対峙した時の感覚に近い。


 とは言え周囲に魔物の気配もなく、城内もごく平穏だ。

 結界はイヴォンネがすぐに修復し更に強化している為、前回のように破られるとは考えにくい。

 ちらりとセシリヤに視線を戻すと、(はだ)けたままになっていた胸元の辺りに、シルヴィオの手の平にあるものと似た痣のようなものが浮かび上がり、少しずつ肌を浸蝕するかのように広がって行くのが見えた。


「……これ、僕が思ってる以上にヤバいやつだったりする?」


 セシリヤも自分自身と同じく、どこぞで崇拝される名も知らない邪神との<契約>によって容姿も変わらぬままでいるとばかり思っていたのだが、ここまで禍々しく身体を浸蝕して行くものは聞いたことがない。


 もしかすると、邪神以上に厄介なものが彼女を苦しめているのではないだろうか。


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