嘘は、いけないなぁ -Silvio-Ⅱ【推測】③
「報告致します! 東の山道付近で、結界が破られました!」
突然飛び込んで来た声に、記憶を辿っていた意識が戻される。
魔術団が張った結界は、そう容易く破られるシロモノではない事は確かで、この場にいた誰もが一瞬耳を疑った。
もしもこの騎士の言っている事が本当であるのなら、結界を破ったのは魔王本人か、それに近い魔力を持った魔物しか考えられない。
(前者はまだ復活したと言う報せはない為、あるとすれば後者だろう)
いずれにせよ、一刻も早くその場所へ向かって結界の修復と、既に入り込んでいるだろう魔物の討伐をしなければ、侵攻を許してしまう事になる。
しかし、東の山道付近と一口に言えどそれを指し示す範囲は広く、正確な位置もどんな魔物がどれくらいの数いるのかも不明な現時点で、闇雲に騎士団を派遣する事は出来ない。
魔術団の結界を破るとなると魔物も相当手強い相手になる訳で、備わっている魔力が高く、尚且つ剣技も申し分ない人材が揃わなければ、無駄に犠牲を払う事になってしまうからだ。
仮にそんな人材が揃っていたとしても、今から現地の詳細を確認する為に第二騎士団の小隊を派遣するには遅すぎる。
モタモタしていては、あっという間に魔物は王都を制圧しに来るだろう。
王も集まった団長達も、皆どうすれば最善であるのかを考えあぐねている。
魔術と言うものが存在していながらも、魔物の位置を正確に把握するものや、人や物を転送するもの、遠方の人と話や意志を疎通させる事の出来る類の魔術や魔具は存在していない。
せめてどれか一つでも存在していれば、こんな緊急事態でも対応ができるのにと、イヴォンネに何か良い方法がないかを聞こうと視線を寄越せば、彼女の胸元についている魔石のブローチが淡く輝き出し、皆の視線が一斉に集まった。
それに気が付いたイヴォンネがブローチをやや乱暴に外して手を翳したものの、輝きは既に消えており、どこか落ち着かない様子でブローチを握り締める彼女にシルヴィオが声をかけてみる。
「イヴォンネ団長。それ、今光ってたけど、何?」
「……転送魔具の試作品よ。今日、ここへ来る前にプリシラに持たせたの。所持している人の魔力を注ぐとそれを感知して、対になる魔石のある場所へ声を送る事が出来る仕組みなんだけど……」
「プリシラちゃん、使い方知ってるの?」
「試作品だから教えてないわ。でも、カンの良い子だから……、もしかすると、何かあったのかも知れない」
反応を示さなくなった魔石を不安そうに見つめているイヴォンネの言葉と同時に、今度は先程よりも強く魔石が輝き始めた。
『ママ……、ママぁぁぁっ! 早く、助けてっ! セシリヤちゃんが、死んじゃう!』
「プリシラ!」
部屋に響いた叫び声の中にあった名前を聞き、いち早く反応したのはマルグレットとジョエルだ。
「セシリヤなら今日、東の山道へ向かったはずです。彼女と一緒であるのなら、もしかすると、結界の破られた場所の近くと言う可能性も……」
「イヴォンネ団長、その魔石を使って、私をここから彼女たちのいる場所へ転送することは?」
「声を転送できる事は今実証さたけど、実際に人を転送するとなると……、安全の保障は出来ないわ」
プリシラとセシリヤの危機にジョエルが声をあげたが、返答は否だ。
イヴォンネの開発した魔具だけが頼みの綱の現状だが、安全の保障が出来ないとなれば二の足を踏んでしまうのも当然だ。
それも、結界が破られたかも知れない場所へ赴くのだから、万が一何かトラブルが起こって現地に着いても戦闘出来る状態で無ければ意味がない。
「安全云々もそうだけどよ、結界を破れるくらいの魔物ってなら、それなりに魔力の高い奴が適任なんだろ? ジョエルじゃあ、不安が残るんじゃねえのか?」
行かせるならレオンだろ、とレナードがレオンを一瞥すると、同意するように彼も頷いた。
更にレナードは、どこか他人事のようにやり取りを見守っていたシルヴィオを指差し、
「ついでに言うと、状況判断がすぐに出来て、結界を破った魔物に対抗できる魔力の高さって条件を満たしてるお前が一番最初に乗り込むべきだな」
突然の指名に、まさか自分がと他の団長達の顔を見回したが、どの顔も「確かに」と言わんばかりに納得をしていて、頼みの王とアンヘルに助けを求める視線を寄越せば、両者ともうんうんと頷くばかりだった。
「イヴォンネ団長……。ちょっと確認したいんだけど……、これ、失敗したらどうなるの?」
「……バラバラよ。何が、とは言わないけど」
「不安しかないんだけど!」
シルヴィオから視線を逸らしたイヴォンネの言葉に頭痛を覚えながらも、レナードの言っている事もそう間違いはないと思う自分もいて、いよいよ腹を括るしかないと深いため息を吐く。
レナードの指摘通り、魔力の低いジョエルを一番に向かわせるには不安があるし、そうかと言って、適任とされている自分がそれを拒否し、他の誰かを行かせて万が一の事故が起こっても後味は悪い。
大きな声では言えないが、普通の人間とは異なる自分であれば、多少の事故なら苦痛は伴えど耐えられない事もないだろう。
ただ、不安があるとすれば、戦闘になった時の持久力がないことだ。
剣技はそこそこで、基本的には魔術を使った戦闘スタイルではあるが、正確に言えば術式を使う正統な魔術ではなく、自分の持つ魔力を一点に集めて密度を上げ、指で弾き拡散して魔物の身体を粉砕しているのだ。
そこそこの範囲に有効で強力だが、かなり消耗する為に持久戦には向いていない。
故に、到着した先でどれだけ間を持たせられるのかが、不安であるのだ。
「じゃあ、僕が行くけど……、早く来てよ? 持久戦は得意じゃないからさぁ」
「つべこべ言ってねぇで早く行け!」
「万が一転送が失敗したら、ちゃんと僕の骨、拾ってよ……?」
レナードに急かされながらも、女性受け抜群の表情を浮かべて見せると、イヴォンネに容赦なく突き飛ばされ、魔具へ吸い込まれた。




