嘘は、いけないなぁ -Silvio-Ⅱ【推測】①
今から、二十年程前の話。
間もなく復活すると言う魔王を封印する為に、異界から召喚された三代目勇者と共に、王都を離れて間もない頃だ。
「ねえ、シルヴィオ。ジョエルとセシリヤって、どう言う関係なの?」
三代目勇者であるトダテ アイリが、移動中に立ち寄った小さな村での休憩中、つまらなさそうに頬を膨らませながら訊ねて来た。
手元にはいつも携えている、メモなのか日記なのかよくわからないノートとペン。
アイリの視線の先には、休憩の場を快く貸してくれた村の人々へ謝辞を述べているジョエルとセシリヤの姿があるのだろう。
「どうして私の護衛がセシリヤなんだろう……。普通、こう言うのって強くて頼れる男の人が護衛になるものなんじゃないの? 王様は自分で一緒に旅をする仲間を選んで良いって言ってくれたけど、どうして護衛だけはセシリヤを指名したのかな? チュートリアルがある訳でもなさそうだし、悪役令嬢って感じでもないし……」
やっぱりどこかで選択を間違ったのかな、とシルヴィオには聞き馴染みのない言葉の混ざった独り言を呟きながらペンをノートに走らせている彼女は、この世界へ召喚された時から随分とジョエルを気に入っていて、事あるごとにジョエルの後をついてまわり、長い間彼と付き合いのあるセシリヤの事をあまり良く思っていないようだった。
勇者として召喚されたものの、アイリには剣を持って戦う力は無く、治療魔術だけは勉強すれば何とか使える程度で自分の身を守る術を持たない彼女の為に、王は同性で腕も立つセシリヤを護衛兼相談相手として選任したのだが、どうにもそれが気に入らないらしく、相談と言う名の愚痴は実質シルヴィオが請け負っていた。
元々、この世界へ来た時からアイリの言動は少し変わっていて、それこそ、この世界やこの世界で生きる人々の事をまるで人形か何かのように都合良く扱い動かそうとしている印象があった。
何か重要な話をしている時には必ず手元のノートに書き込み、じっくり考えて発言をする姿は一見、真面目な印象さえ受けるアイリだったが、シルヴィオが見ている限り、彼女の選択は彼女自身の為の選択でしかなく、この世界や魔王に対する事などは微塵も含まれてはいないようだった。
恐らく、アイリの心はこの世界には向けられていない。
アイリが心を向けているのは、召喚された時からジョエル(と一部、気に入っている仲間)だけに向けられている。
シルヴィオは、この短期間でそう感じ取っていた。
まるで、ゲームでもしているかのようなアイリの選択は、必ずと言ってこの旅を窮地に陥れる。
その度に、ジョエルやセシリヤが彼女の元へ駆けつけると言う事がここ数日続いているのだ。
あまり言いたくはないが、正直、アイリの行動には辟易している。
多くの騎士達は、彼女が異界から召喚された年若く可憐な勇者であり、治療魔術で傷を癒す事も出来る為に、その存在に感謝し大切にしている事が窺える。
(医療団の方が断然治療の腕も上だろうと思うが、勇者と言う絶対的な存在を前にして口が裂けても言えない)
人心掌握術……とまでは行かないが、どことなく、「こんな時はこう発言して行動すれば良い」と言う計算がアイリから透けて見えることも多々あった。
事実、そんな計算に嵌ってアイリにすっかり心酔している騎士も一部いるのだから、始末が悪いのだ。
彼女の行動に疑問を持っている騎士も勿論いて、時折陰で衝突することもあり、それを宥めるのに骨が折れる。
全く、どうして彼女に旅の同行をする人間を選ばせたのかと、心の中で王に文句を言ったのはここだけの秘密だ。
村の長閑な風景と時折目に留まる女性を眺めながら、アイリの独り言にも聞こえる愚痴に適当に相槌を打っていれば、彼女は視界を遮るように目の前に立ち塞がり、
「シルヴィオってば、さっきから女の人ばっかり目で追ってないで聞いてよ! 私だって女の子なんだから!」
と、どこか演技じみた台詞とわざとらしい仕草で顔を覗き込んで来る。
傍目から見ても可愛らしい顔をしているアイリのその仕草と思わせぶりな言葉は、大抵の男ならば胸をときめかせるに違いない。
普段からあまり女性と接する事のない騎士ならば、尚更。
残念ながら、とある事情もあって普段から女性と接し慣れているシルヴィオには小娘のあざとさなど微塵も通用する訳もなく、けれど、アイリの機嫌を損ねるのはあまり得策ではない為、彼女の望む通りに合わせ本心を悟られないよう笑顔を作る。




