小さな秘密 -Priscilla-【無邪気】③
空は綺麗に澄んだ水色をしていて、ふわふわと浮いた雲は甘い綿菓子のようだと、プリシラはお気に入りの帽子についた魔石のブローチを触りながら、ぼんやり空を眺めていた。
母であるイヴォンネが、緊急招集会議で今日の非番を返上して城へ行ってしまったものだから、今日一日、母子で王都内の美味しいお菓子屋さんを巡り、最近出来たと言うお洒落なお店でゆっくりご飯を食べて過ごそうとしていたのに、すっかり予定が狂ってしまったと、少々立腹でもある。
家まで一人で帰れるから大丈夫とイヴォンネに言ったが、心配なのか何かあった時のお守りだからとプリシラの帽子にお揃いの魔石のブローチをつけ、それでも後ろ髪を引かれながら何度も振り返り、しぶしぶ彼女は城へ向かって行った。
元気よく行ってらっしゃいと送り出したプリシラだったが、このまま帰って一人で過ごすのも癪だからと言う理由だけで特に何をするわけでも無く、ベンチに座って人々の往来と空を眺めるを繰り返していた。
最初こそ観察している事が楽しかったプリシラだったが、まだまだ子供のプリシラにはそう長くは続かず、今はお腹の虫との我慢比べの最中だ。
すぐに家に帰るとイヴォンネに言っていた為、所持金はない。
家に帰れば、いつもイヴォンネが用意してくれているお菓子があるだろうけれど、それだけでは久しぶりの母子の休日を邪魔されたプリシラの気が収まらず、こうして頑なに外にいるのだ。(本当に、新しいお店のお菓子を楽しみにしていたと言うせいもある)
「ママ、早く帰ってこないかなぁ……」
往来を、母親に手を引かれて歩いて行く子供を羨ましそうに眺め、一人取り残されている気がしたプリシラは、微かな寂しさを覚えながらも、気を紛らわすように空をゆったりと流れる雲を見ては呟く。
「あの雲はふわふわ髪の毛みたいだから、副団長のロータル! その隣は~、帽子を被ってる私にそっくり! それからぁ……」
その隣はママ!
……最後の呟きは、プリシラの口から零れることなく人知れず、飲み込まれた。
こうして空を眺めていても、思い出すのは皆プリシラの大好きな顔ばかりで、余計に寂しさが増すだけだ。
少しだけ目頭に熱を感じて、ポケットからふわふわのハンカチを取り出して押さえると、顔を上げ、
「やっぱり、誰かを誘って一緒に遊んで、ご飯を食べようっと……。お金は……、後でママに言えばなんとかなるかなぁ?」
そう気を取り直すと、とりあえず心当たりを訪ねて見ることにした。
ここは王都なのだから、適当に歩いていれば誰かしら知っている人に出会うだろう。
出会わなければ、こっそり城まで行けば良い。
しかし、そんなプリシラの期待は、今日に限ってことごとく裏切られてしまうのだった。
そもそも、緊急招集会議がされていると言うことは、母のイヴォンネだけならず他の団長も招集されている訳で、その団長が招集されているのなら、副団長が団長の代わりに団を纏めなければならず、更に言えば、会議の機密を保持する為に城への出入りは一時的に制限されてしまうのだ。
「あー、もうっ! つまんないよぉ……!」
完全に閉ざされた城門の前で不貞腐れたプリシラは、とうとう退屈と誘惑に勝てず、一人で王都の外に向かって歩き出した。
王都を出たすぐの周辺であればそこまで魔物も強くなく、多少なりとも魔術の心得があるプリシラにだって十分倒せるはずだ。
ほんの少し冒険するだけなら大丈夫だろうと、初めて一人で王都の外へ出ると言う緊張感と背徳感に胸をドキドキさせながら外門を潜ったところで、
「プリシラちゃん?」
ふと、声をかけられて振り向けば、控えめな白い花束を抱えたセシリヤの姿が目に入った。
「あっ、セシリヤちゃんだ!」
久しぶりに見る知った顔に嬉しくなって抱きつくと、飛びつかれたセシリヤは多少よろけはしたものの、小さなプリシラの身体を落とさないように抱き止める。
退屈に染まっていたプリシラの世界が、またいつものように鮮やかで明るい世界に戻ったような気がして、先程までの不機嫌もどこかへ吹き飛んでいた。
「ねぇねぇ、セシリヤちゃん、わたし今日はとーっても退屈してるの」
「イヴォンネ団長……、いえ、ママはどうしたんですか?」
「えっとね、きんきゅうしょうしゅうかいぎ? って言うのがあるからって、お城に行っちゃったの。今日は一緒にお出かけする予定だったのに!」
少し大袈裟に頬を膨らませながら答えるプリシラに苦笑すると、セシリヤは以前よりも少しだけ大きくなったプリシラの身体を下ろして手を繋ぐ。
反対側の手に持った花を見ると、先程プリシラが飛びついて来た衝撃で少し形を崩していた。
「セシリヤちゃんは、今日は何をするの?」
医療団の制服を着ていない為、セシリヤが非番であることはわかったが、抱えられている花束を見て一体何をするのかが気になったプリシラは、繋いだ手をそのままに訊ねてみる。
「今日は非番なので、行きたい所があったんです」
「ねえ、わたしも、そこに行きたい! いいでしょ?」
繋いだ手をぎゅっと握ってプリシラが頼み込むと、
「賑やかな方が、喜んでくれるかも知れません。……でも、少し、距離を歩きますよ?」
大丈夫ですかと確認する言葉に食い気味に返事をすると、彼女は穏やかに微笑み頷いて、あの時と同じようにプリシラの歩幅に合わせて歩き出した。
これで退屈な一日が楽しい一日になる。
プリシラは、上機嫌だった。




