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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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小さな秘密 -Priscilla- 【無邪気】①

 産まれた時から、プリシラの頭には人間とは違う、うさぎのように大きくて垂れた長い耳が生えていた。


 母であるイヴォンネには無い、大きくて長い耳。


 父親はプリシラが生まれる前に亡くなっている為に会った事は無く、彼がどんな耳をしていたのかは知らないが、この耳の事を訪ねると、イヴォンネは少しだけ複雑な顔をし、けれど、とても可愛くて素敵な耳だと褒めてくれるものだから、プリシラも他とは違うこの耳がチャームポイントだと、誇らしげに思っていた。


 しかし、外出する時は必ずその耳を隠すように帽子を被る事を、イヴォンネは徹底する。


 イヴォンネが魔術団長を務めているロガール魔術団の面々も、皆、プリシラを可愛がってくれていたし、この耳も愛らしいと言ってくれるのだから、帽子なんて被らなくてもいいのにと思っていたが、中にはこの耳の事を良く思わない人間もいるのだと、悲しそうな顔をしてイヴォンネは言っていた。

 まだ小さなプリシラにはよく理解できない話だったが、イヴォンネの作ってくれた帽子を気に入っていた事と、彼女に悲しそうな顔をさせたくなかったと言う理由もあって、自分たち母子を良く知る人の前以外では、言いつけ通りに帽子を脱がないよう気を付けていた。


 そんなある日の事だ。


 時々、イヴォンネは小さなプリシラを連れて魔術団での仕事をこなすこともあり、そんな時は決まって団員の誰かがプリシラの面倒を見てくれていたのだが、この日に限ってはどの団員も仕事で手が離せず、いつも誰かと一緒に過ごす部屋に一人ポツンと残されていたプリシラは、ここで大人しくしているようにと言う言いつけを破り、興味本位で魔術団内の探検に出かけたのである。


 ロガール城の敷地内にある、魔術団の実験塔内だけならば迷うことは無い。

 迷っても、魔術団の誰かがきっと気づいて自分を探し迎えに来てくれるだろう。


 そう、プリシラは高を括っていた。


 実際の所、実験塔の構造はシンプルでありながらも、その名の通り魔術の実験や防犯を兼ねた結界や罠 (と言ってもそう危険なものではない)が張り巡らされ、騎士団兵舎や本城へ繋がる廊下も思わぬ所にある為、ここで迷子ともなると色々な意味で元の場所へ戻ることが難しく、案の定、プリシラは何度も足を踏み入れていたはずのこの場所で危機に陥ることとなる。


 最初の内は、見たことの無い罠や仕掛けに驚きつつ、イヴォンネがどんな仕事をしているのかを間近で見られる事に興奮し、楽しんでいたプリシラだったが、ふと、実験塔から一歩先へ踏み出した途端、一瞬にして見覚えのない場所に放り出された事に気がつき、慌てて後ろを振り返って見ても、既に放り出されたはずの扉は跡形もなく消えていて、分厚い壁がその先を塞いでいるだけだった。

 見知らぬ廊下に放り出された事で放心していたプリシラだったが、廊下に響き渡る慌ただしい足音や怒鳴り声が、実験塔とはまた異なる殺伐とした雰囲気を醸し出していて、恐怖心に耳から入って来る音を塞ごうと帽子に手を伸ばすも、被っていたはずの帽子は、いつの間にか指定席からいなくなっていた。

 慌てて周囲を見回したものの、お気に入りの帽子は見当たらず、実験塔からここへ来るまでの間のどこかに落として来てしまったのかも知れないと思ったプリシラは、帽子を探す為にその場を走り出す。


 あれは、イヴォンネが自分の為に作ってくれたお気に入りの帽子であると同時に、イヴォンネとの約束を守る為の大事な帽子だ。

 好奇心で勝手に実験塔から出てしまった上に、外では絶対に被らなければならない帽子を失くしてしまったとなれば、イヴォンネは酷く悲しむに違いない。


 叱られる事よりも、約束を破ってイヴォンネを悲しませてしまう方が、怖かった。


 廊下を曲がった所で、先程から聞こえていた怒鳴り声の主の姿を捉え、その物々しい姿を目にしたプリシラの足が思わず止まってしまう。

 薄汚れた鎧を着込み、剣を携えたその姿は、話に聞いたことのある騎士団の人間だ。

 何かを言い争っているのか、オレンジ色の髪を揺らしながら扉の開いた部屋にいる人へ怒鳴り散らすその男はとても怖い顔をしていて、彼の周囲を見ると、怪我をして廊下に力なく座り込んだり倒れている人の姿もあり、一体どうしたのだろうかと見つめていれば、不意に怒鳴り散らしている男と視線がぶつかり、その鋭さに恐怖を覚えたプリシラは、弾かれたように地面を蹴ってその場から逃げ出してしまった。

 後ろから何か呼びかけるような声が聞こえたが、騒々しくて刺さるような強い声が不快で耳を塞ぎ、振り返らずに走る。

 どこをどう走ればイヴォンネのいる実験塔へ辿り着けるのか、プリシラにはまったくわからなかったけれど、とにかく、あの場所には長居したくなかった。

 長い廊下を走り、すれ違う人の足元をぶつからないように躱しながら通り過ぎる。

 時折、プリシラの長い耳を見てヒソヒソと耳打ちする人間や、あからさまに不快そうな顔をする人間もいて、実験塔への道を聞こうにも、その蔑むような視線と態度が怖くて、目を合わせないよう下を向いたまま只管走った。


 この長い耳は、チャームポイントだと思っていた。

 イヴォンネも魔術団の皆も、愛らしいと言ってくれていた自慢の耳だ。

 けれど、ここですれ違う人間の多くは、彼らとは全く別の目と態度でプリシラを見る。

 今まで向けられたことの無いその感情と視線は、プリシラにとってはただただ、恐怖だった。

 イヴォンネが帽子を被りなさいと言っていた理由はこれだったのかも知れないと、走る度に揺れる耳を抑えた。


 何も考えずに走り続け、疲れてその場に立ち止まると、沢山の人がプリシラを避けるように廊下を歩いて行く。

 奇異なものを見るような眼をした人間、蔑む眼をした人間、まったく興味を示さずその場にいないものとしている人間。

 プリシラを遠巻きに見ている人間もいたが、誰も手を差し伸べてくれる者はおらず、更に不安と恐怖が募って行く。

 疲れた足を必死で動かし再びとぼとぼと歩き出せば、周囲のヒソヒソ耳打ちをする声が、より一層大きくなった気がした。



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