思い過ごしであれば良いのだが -King-Ⅲ【予感】③
「体調は、如何ですか?」
「ああ、特に悪くない。このまま予定通り、会議に出席しよう」
懐かしい夢に沈む意識を引き上げられ、手早く身支度を整えられたフシャオイは、差し出された腕を取り、若い頃とは打って変わって思うように動かなくなった身体を支え歩きながら、体調を心配するアンヘルに礼を言う。
先日、この世界の事実を全て打ち明けたにもかかわらず、アンヘルの態度は何一つ変わらないまま日々は過ぎていた。
いつもの通り傍で仕え、まるで何事も無かったかのような態度が逆に怖いような気もするが、あえて深く突っ込むのは約束を反故することになってしまう為、フシャオイも同じように今までと変わらない態度で接することを心掛けている。
アンヘルが事実を聞き、何を思い何を考えているのかは非常に気になる所だが、何事も無く装っているだけで、彼なりに今後の身の振り方をどうするべきかと悩んでいるのかも知れない。
そうであるとするのなら、露骨に顔に出されるよりは幾分か気が楽だ。
いずれ、アンヘルの行動が皮切りになって事実が露呈すれば、この扉の先に集っている人物たちも、その在り方を悩むことになるだろう。
……とは言え、今は魔王の復活へ備えての対策が第一優先だ。
アンヘルは、余計な情報を開示し、国や騎士団を乱すような愚か者ではないと信じている。
だからこそ余計、彼だけに背負わせてしまった事が気がかりでもあるのだ。
ちらりとアンヘルの表情を見やると、彼は閉ざされている扉を開けろと言う指示と受け取ったのか、空いている片腕で器用に扉を開け放ち、円卓に集っている人物たちが起立した事を確認すると、入り口より最も遠い座席へフシャオイを導き座らせ、一歩後ろへと下がって姿勢を正す。
それを合図にするように、
「日々の任務に忙しい所を、よく集まってくれた。皆、席について楽にしてほしい」
起立している各団の団長達を席に着かせたフシャオイは、左手側から順にその顔を確認した。
各騎士団の団長が顔を揃える会議は、いつ見ても圧倒される。
騎士団創設時から幾度か代替わりもあって、見慣れぬ顔もちらほらあるせいか月日の流れを実感するフシャオイだったが、感慨深いものがあるなどと言っていられない事態であると、頭の片隅にいる呑気な自分を追い出し、まずは労いの言葉をかけ、第二騎士団長であるシルヴィオからの報告を促した。
「ここ二月程前から、封印の地に異常なまでの瘴気が発生し、多数の魔物が出現しているとの情報を得て、真偽を確かめる為に我々第二騎士団の精鋭小隊を派遣しました。現地にて情報通りであることを確認し、速やかに帰還する所、背後から魔物の急襲を受け交戦……」
先日、派遣した第二騎士団の小隊の数名が負傷して帰って来たと言うのは耳に入っている。
幸い、第二騎士団長であるシルヴィオが人選したベテラン精鋭騎士達だった為、負傷者はあったものの死者は出なかったそうだが、それにしても、選りすぐりの彼らさえも直前まで接近に気がつかない程の魔物がいるなど、戦闘経験の少ない騎士であったならばさぞ脅威になった事だろう。
不幸中の幸いと安堵せず、その辺りの対策も練らなければと、シルヴィオの報告へ意識を戻した。
「交戦の結果、魔物は消滅をしたのか逃走したのかは不明ですが跡形もなく姿を消し、小隊も負傷者は出ましたが、幸い死者は出ませんでした。しかし、治療に当たった医療団からは、気になる報告が上がって来ています」
直接マルグレットに話を聞くつもりだったが、タイミングが合わずにここで確認をさせてほしいと言うシルヴィオに頷き、医療団長であるマルグレットへ発言を促すと、彼女は小さく頷き、
「治療に当たった際、負傷した六名の内三名に……、禁忌魔術とされている、精神に干渉する魔術に似た痕跡が認められました」
冷静に話すマルグレットの発言に、室内が僅かに騒めいた。
精神に干渉するその魔術は、フシャオイが召喚されたストラノ王国の王が抱えていた魔術師達が研究して作り上げたものであり、ストラノ王国が滅びた時、フシャオイ自身がその術式を記した文献や、それに関する魔具を回収して処分し、未来永劫一切の使用を禁じたものだ。
故に、それを使用、または知る者は存在しないとされている。
……表向きは。
実際、禁忌として封印した後にも関わらず、その魔術に苦しめられた人間を、フシャオイは知っている。
そして、それを解くことが出来た、ただ一人の存在も。
勿論、これは魔術をかけられたその人を含めた当時者三人とフシャオイ、そしてアンヘルしか知らない事実であり、何も知らされていない人間は矛盾に首を傾げるだろう。
「ちょっと待って下さい。禁忌魔術の術式は誰も知り得ないと聞いています。なのに、何故それに似た痕跡であると言えるんですか?」
当然、このような質問が飛んで来るのも致し方ない。
また、当事者の一人でもあるマルグレットには詳細を口止めしていた為に、質問をした第五騎士団長のラディムへどう説明すれば良いのかと頭を悩ませており、流石にこれは酷であろうと、フシャオイは手を挙げてマルグレットに回答を求めるラディムを制した。
「ラディム、私が説明しよう。禁忌魔術に関係するものは確かに処分をしたが、自分たちの知らない所で何者かが持ち出している可能性も考慮した結果、秘密裏に……、それこそ魔術に関して最も腕が良く、信頼の置ける人物にだけそれを開示し、万が一の為の解除方法を研究させていたのだ」
禁忌だからと全てを処分してしまえば、万が一悪意を持った第三者が何らかの形でそれを使用できた場合、解除する方法を探ることすら出来ずに最悪の結果を招く危険性もあるからだと言えば、とりあえず理由を納得したラディムは「なるほど」と呟き、次いで、開示した相手が誰であるのかを明確にすることを要求して来る。
これも当然と言えば当然で、ラディムの追求は正しい。
いくらフシャオイが信頼の置ける人物と口にしたところで、それがどこの誰であるかも知らない状態で、ただ信じて欲しいと言われて盲目的に信じるお人好しなどいる訳がない。
ちらりと該当する人物に視線を送ると、
「魔術に関して最も腕が良いなんて言ったら、この私以外に、誰がいるの? 私がマルグレット団長からの要請を受けて、この目で確認して、そうであると言ったのよ」
少し考えればわかるでしょうと言わんばかりにラディムへ言い放ち、質問の矛先を引き受けてくれたイヴォンネに、心の中で謝罪する。
もう一人の当事者でもある彼女は、確かに禁忌魔術の術式を知っていて、その解除方法をも知っていた唯一無二の存在かつ、理由あって、当時禁忌魔術をかけられてしまった人間を救ってくれた一人だ。
ラディムの追求を短い説明 (と威圧感)でピタリと止めた彼女は、これ以上の問答は無用ですねと強引に話題を終わらせると、何事も無かったように席に着き、ラディムも同じように座った事を確認すると、フシャオイへ話を進めろと視線を送り、それに応えるように立ったままのマルグレットとシルヴィオへ発言権を返した。




