思い過ごしであれば良いのだが -King-Ⅲ【予感】①
着の身着のまま城を追い出され、路銀を得る手段もわからず国を出て、とりあえずは道なりに歩けば、いずれどこかの町か村にでも辿り着くだろうとひたすら歩を進め、道中、服についた血の匂いに寄って来たと思われる、この世界の野生動物なのか魔物なのかも見分けがつかない生き物に追い掛け回されること数回。
気が付けば、粗末な舗装の道を外れ、深い森の中に迷い込んでいた。
元の道に戻ろうにも、どこを向いても同じ景色にしか見えず、完全に迷子になってしまった事に絶望し、走り回った疲れもあってその場に座り込む。
あの国を出てから休みなく移動し続け、身体と精神の疲労もピークな上に空腹だ。
何か持っていなかっただろうかと、自分のものではない乾いた血で変色した服のポケットを探っても、生徒手帳と中身のない飴の包み紙しか見当たらず、憧れていた異世界の冒険は思っていたよりも過酷である事に落胆し、どうにでもなれと地面に寝転がった。
見上げても生い茂る木々で空を満足に見ることさえできず、鬱蒼とした森で人知れず果てる恐怖に身震いしていると、僅かに葉擦れと踏まれた小枝の折れる音が聞こえ、また得体の知れない生き物が近づいて来ているのかも知れないと、音のする方向へ耳を澄ませた。
音は徐々に近づいて来るが、助けを求めようにもこんな深い森に人がいる訳もなく、更にここから動ける体力も残っておらず、仮に動けた所でこの森から無事に出るなど出来そうにない。
いっその事、ここで魔物に食われてしまった方が良いのではないかと思えるくらいに精神は摩耗していた。
嘘のような現実から逃げるように目を瞑って、元の世界にいた頃の生活を振り返る。
走馬灯のように脳裏を過って行く家族の顔や友人の顔。
多少の不満はあれど、元の世界での生活は幸せだったと、疲れのせいか急激に襲ってくる眠気に身を任せた。
目が覚めた時には、どうか元の世界に戻っている事を祈りながら。
暖かい空気と、人の気配に目が覚め飛び起きた。
元の世界に戻って来れたのだろうかと、起き抜けでまだ少し焦点の定まらない目を擦りながら薄暗い部屋を見回していれば、
「気が付いた? 気分が悪いとか、身体が痛いとか、ない?」
自分と同じか少し上くらいの少女が、小さなランプを持って心配そうに様子を伺って来る。
明かりで浮かび上がった、元の世界では見たことのない髪と瞳の色を持つ彼女を目にし、ここがまだ異世界である事を理解すると同時に紛れもない現実であると思い知り、召喚されたあの城で見た凄惨な部屋が夢でも幻でもなかったと自覚した瞬間、言い知れない恐怖と不安に襲われ、情けないくらいの悲鳴を上げて泣き崩れてしまった。
脳裏にこびりついた多くの遺体、鼻の奥に残る血の匂い、服に染みついた血の色、最後に抱きとめた首のない身体の感触。
自分を召喚する為だけに犠牲になった彼らの恨めしい目が、今でもこちらをじっと見つめているような気がして、頭がおかしくなりそうだった。
膝を抱えガタガタと震える身体を抑えこむように縮こまり、現実から視界を遮る為に顔を伏せ、思うままに声を上げて泣き叫んでいれば、突然呼吸が出来ず胸が詰まるような息苦しさに襲われ、思わず死を連想してパニックに陥り、更に呼吸が荒くなる。
徐々に感じる手足の痺れに焦り、どうにかしなければと息を吸っても収まらない苦しさにもがいていると、不意に温かな両腕が硬直している身体を優しく抱き締めるように回され、異常な程に激しく繰り返されていた呼吸が一瞬止まった。
「大丈夫……。ここには、貴方の事を傷つける人は、いないから」
落ち着かせるような優しい声音に耳を傾け、そっと頭を撫でる手に目を閉じれば、高ぶっていた神経と呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻し始め、
「焦らないで、息をゆっくり吸って、ゆっくり吐いて……」
気持ちの良いリズムでそう繰り返す少女の言葉に合わせるように呼吸をしていると、あれ程辛かった胸の痛みも手足の痺れも嘘のように消え、苦しさから解放された安堵に身体が弛緩した事を確認した彼女は、ゆっくりベッドへ身体を横に戻すと、薄い毛布を掛けてくれた。
「まだ身体も疲れてるだろうから、もう少し眠ってて。食事はその後に用意するね。お腹が満たされて落ち着いたら、貴方の事、教えて?」




