愁いた瞳が、いつまでも忘れられなかった -Yuri- 【困惑】②
◇◇◇◇
長い説教も終わり、王の容態を確認したセシリヤの指示で薬を取りに行く為ユーリが寝所を退室すると、同時にアンヘルも退室した。
どうしたのだろうかと恐る恐る訊ねれば、「何か間違いがあっても困るので」と言う一言に、ユーリのプライドが見事にへし折られる。
新人とは言え医療団の一員であるにもかかわらず、信用されていないのかと涙を飲んだのはここだけの話だ。
けれど、王の側近たるもの、これくらい慎重でなければならないのかも知れないと、なんとか理由をつけて平静を装うと同時に、ひとつの疑問がユーリの頭に浮かび上がって来た。
……セシリヤさんと王を、二人きりにしてしまう事に関しては、問題ないのだろうか?
いくら王が初代勇者とは言え、年を重ねた彼の身体は衰え病にも侵されており、今は寝所で最も無防備な状態でいる。
あり得ないとは思うが、万が一セシリヤが王に何かしら危害を加える、もしくは、王を狙う不届きな者があの場所に乱入して来た場合、側にアンヘルがいなくても大丈夫なのだろうか。
そもそも、何故セシリヤが寝所に連れて来られたのか、何故セシリヤは王にあのような言動を許されているのか。(許されてはいないのかも知れないけれど)
そして、対等に言い争えるセシリヤとアンヘルの関係は一体何なのだろうか。
一つどころか、考えれば考えるほどに疑問が浮かび上がって来る。
うーんと唸り考え込んでいると、
「気になりますか?」
隣を歩いていたアンヘルが、前を見据えたまま呟いた。
王とセシリヤの事を指しているのか、アンヘルとセシリヤの事を指しているのか、はたまたそれら全てを指しているのか、あるいは全く別の事を指しているのか……。
一体何についてなのかイマイチ判断はつかなかったけれど、何でもかんでも首を突っ込むのはあまり行儀がいいとは言えない上に、もしかするとユーリが聞いてはいけないことなのかも知れない。もしもそうであったとすれば、ここで下手な返答をしてしまっては最悪命に関わり兼ねない。
ようやく学院を卒業し、医療団へ入団したばかりだと言うのに、こんな所でリタイヤなど洒落にならない。
血の気が引いて行くのを感じながら、必死で言葉を選びつつ、
「えーと……、疑問に思う事は沢山ありますけど……、根ほり葉ほり聞くのも聞かれるのも、相手からすれば良い気分にはならないですし……。勿論、憶測で目にした事を口外するなんて事はこれっぽっちも思っていないので……、あの、……や、約束しますっ! すみませんっ!」
そう縋るようにユーリ答えれば、アンヘルは賢明だと小さく笑った。
「まあ、あの方にああして物申せる人間も、彼女ただ一人だけでしたからね。今も、昔も」
「え? ……それって、どう言う……」
「謎解きと思って、考えて見るのも一興ですよ。解けた暁には、是非、その答えを聞かせて下さい」
そう爽やかに言い残すと、疑問に足を止めるユーリを気にも留めず、一人先へと歩いて行ってしまった。
……セシリヤさんが、王に物申せるただ一人の人間……? 今も、……昔も……?
アンヘルの言う「昔」とは、一体どれくらいのことを言うのだろうか?
昔の基準など人によってはピンキリで、十年前だったり、二十年前だったり、更にはそれ以上前であったり様々だ。
ちなみに、どう見てもセシリヤはまだ二十代そこそこのようであるし、王は齢七十をとうに超えている。
昔を十年前と仮定しても、王に物申すにはあまりにも年齢が低いし、まさか、初代勇者として戦っていた頃からの知り合いであることはないだろう。
仮にそうだとしたのなら、最初の魔王封印は今から六十年近く前の話であるのに、何故同じ人間であるはずのセシリヤは老いていないのかと言う疑問が残る。
この世界で長寿と言われている種族、あるいはそれら種族との混血なのかも知れないとも考えたのだが、アンヘルはセシリヤを間違いなく人間と言っていたし、やはりそれ以上前とは考えにくい。
考えれば考える程に矛盾して行く答えに、ユーリは頭を悩ませるばかりだ。
「……この謎、僕には解ける気がしないんだけど」
そうかと言って、気軽に答えを聞いて良いようなものではなさそうだ。(そんな勇気もなければ、無神経さも持ち合わせてはいない)
どうしても気になると言うのなら、手探りではあるものの、いっそ自分の目で見て調べ、見つけた答えの断片をひとつずつ繋ぎ合わせるしかないだろう。
寝所を退室した際、ほんの少しだけ扉が閉まる寸前に見えた、セシリヤを見る王の優しくて、けれどどこか愁いた瞳が、いつまでも忘れられなかった。
【END】




