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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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ガラス一枚を隔てた、この場所から -Ceciliya-  【邂逅】⑤


 全ての魔物の駆除が終わった事を確認し、剣を鞘に納めると、セシリヤは意識を失ったアルマンの傍らに膝をつき、手早く傷の手当てに取り掛かった。


 思っていたよりも傷は深く、多量の出血に思わず眉を顰める。

 ここへ向かう前に医療団の面々がマルグレットに伝達を出している。

 彼らがマルグレットの指示を受け、ここに来るまでそう時間はかからないはずだ。

 けれど、それまでに最悪出血だけでも止めなければアルマンが助かる見込みはなくなってしまう。

 大きな傷口に止血の処置をし、外傷を塞ぐ為の治癒の魔術を施しながら、顔色を窺った。


 鮮やかな髪色が懐かしいあの面影を映し出し、胸の奥底が小さく痛んだ。


 志半ばにして、襲い来る魔物に無謀にも立ち向かい命を落とした、愛しい(アレス)の姿。

 あの時、救援が駆けつけた頃には既にアレスは息を引取った後だったと聞いた。

 処置を施すには、到着が遅すぎたのだ。


 けれど、今目の前にいるアルマンは、まだ生きている。

 そして、セシリヤは彼を助ける術を持っている。

 例え助かる確率が低いとしても、やって見る価値はあるだろう。

 彼を簡単に死なせはしない。

 悲劇を、繰り返してはならないのだ。


 ……絶対に。






 それから二日間、つきっきりでアルマンを治療し続けた。

 他の団員に付き添いの交代を申し入れられても、セシリヤは丁重に断り続け、意識が回復するまで昼夜を問わず傍らにいた。


 彼に拘っている理由は、明白だった。


 あの頃、必死で護りたいと思っていた(アレス)を、アルマンに重ねて見ているからだ。

 所詮はそれも、自己満足に過ぎない。

 自分の手から離れて行った(アレス)を止めることも、追う事もできず、護りきることもできなかった。

 だからと言って、全くの他人であるアルマンに姿を重ねて見るなど、彼にとっては迷惑でしかない。

 けれど、手を差し伸べずにはいられなかった。

 彼を、死なせたくない、死なせてはいけないと思ったからだ。

 身勝手で不純な理由がそこにあることは、分かっていても。


「……ほんの少しで、良いから」


 アルマンの目が覚めた時には、無鉄砲な行動を慎む様に窘めよう。

 例え彼に嫌悪感を抱かれたとしても、それは甘んじて受けるつもりだ。


 それで、彼が多少なりとも心持ちを変えてくれるのならば。

 それで、彼が多少なりとも安易な死から遠のいてくれるのならば。


 嫌悪されることくらい容易く、セシリヤにとっては慣れた事なのだから。

 悪意や嫌悪による痛みは、受け続ければ徐々に感覚を麻痺させて行く事を、知っている。



「傍に、いさせて……」



 白いベッドの上に広がる髪を撫でて、呟いた。






 *

 *

 *






「……セシリヤ?」


 遠慮がちに肩を揺する手の温かさと名前を呼ぶ声に、目が覚めた。

 いつの間にか眠っていたらしく、机に伏せていたセシリヤをマルグレットが心配そうに見つめている。

 降り続けていた雨は上がり、すっかり傾いた太陽が白い部屋を赤く染め上げていた。


「貴女がこんな所で居眠りするなんて、珍しいわね」

「……夢を、見ていました」

「夢?」


 まだ少しぼんやりする頭を振って、セシリヤは頷いた。

 懐かしくて、少しだけ胸が苦しくなるような夢だった。

 引き出しから出しっぱなしにしたままの小さな靴を撫でながらそう話すと、マルグレットは頷いたものの深く追求することなく、定時を告げると部屋を後にした。

「明日は大切な日だから、早く部屋へ戻って休むように」とつけ足して。


「……もう、そんなに経つんだね」


 明日は、セシリヤにとって、忘れ得ない日だ。


 セシリヤが罪を、背負った日。

 セシリヤの護るべきものが、()()()()()()()()()()日。

 セシリヤの正義が、崩された日。

 セシリヤが剣を、手放した日。


 深いため息と共に、セシリヤは机に伏せて頭を抱える。

 護るものを失ったセシリヤの正義は、音もなく崩れ去った。

 それ故に、護るために振るっていた剣は、何の意味を持たなくなった。

 その存在理由を失い、後は錆びて朽るだけのものと成り下がった。

 しかし、振るうことを止めて久しいそれは、今でもをこの部屋の片隅にある。



「……誓いを破って手にしたのは、後にも先にも、あの時だけ」



 都合の良い理由をつけて、都合の良い姿を重ねて、あの時は剣を抜いた。



 同じ髪色をした(アルマン)を、護らなければならないと言う自己満足の正義の下に。

 同じ髪色をした(アレス)の姿を、重ねて見ると言う、身勝手な理由の下に。



 密やかなセシリヤの望みは全て、打ち砕かれた。

 結局、自己満足でしかない行動に、身勝手な理由に、彼らはセシリヤを拒絶して背を向けたのだ。


 全て、自業自得。


 セシリヤは立ち上がると、部屋の隅に掛けられたままの剣の鞘をひと撫でした。



「……だから、私がこれを振るう事はもう、二度と無い」



 理由など、もう何もないのだから。



【END】

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