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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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ガラス一枚を隔てた、この場所から -Ceciliya-  【邂逅】 ④※やや残酷描写があるので苦手な方はご注意下さい


 騎士から伝え聞いた場所へ向かうと、徐々に淀んだ空気が濃くなって来る。

 目的地である洞窟の奥から流れて来る風に運ばれた血の臭いの強さに反し、魔物に抵抗していると思われる音はあまりにも小さい。

 恐らく、騎士の殆どが戦闘不能の状態だろう。

 せめて今、抵抗している騎士だけでも助けなければならない。

 特に入り組んでいる訳でもない極めて単純な構造の洞窟内を出来るだけ静かに走り、辿りついた先で目にした光景はあまりにも陰惨で、セシリヤは他の団員を置いて来て正解だと心の中で安堵する。


 事切れた騎士は四つ足の獣のような魔物にその亡骸を喰われ、引き摺り出された内蔵や血は岩壁に飛び散り、辺り一帯に散乱する喰い荒らされた遺体は、最早肉片と言っても過言ではない。

 つま先に触れた、噛み砕かれた頭蓋骨から飛び出す淀んだ瞳がセシリヤを見上げ、外れた顎から舌がだらしなく伸びて地面を舐っている。

 まさに、目を覆いたくなる様な地獄絵図だ。

 普通の感覚ならば、しばらくは食事も睡眠も取れなくなるだろう光景であったが、幾度も遭遇した経験のあるセシリヤは目を逸らす事なく周囲を見渡し、微かな呻き声を耳が拾い上げると、少しだけ魔物との距離を詰めてその声の主を探し始める。

 辺りに漂う濃い血の匂いと遺体を貪り喰う事に夢中の魔物が、まだセシリヤの存在に気づいていないのが不幸中の幸いだ。


 損壊し散らばっている遺体の一つ一つを遠目ではあれど確認していると、不意にセシリヤの視界の端に何かが過り、魔物に気配を察知されたのかと身構えるも、それが僅かに残った力を振り絞り魔物に抵抗を見せたボロボロの騎士の姿である事に気づき、更にそれが誰であるのかをすぐに判別した彼女は、思わず息を呑んだ。


 抵抗虚しく魔物の振り払った一撃で容易く捩じ伏せられ、崩れ落ちたその姿こそ、アルマン・ベルネックだった。


 あの鮮やかなオレンジ色の髪は、以前救護室の窓から見かけた彼に間違いない。

 少しの身動きも、呼吸さえもうまく出来ない程に弱っているアルマンに、魔物の影はじりじりと近づいて行く。

 既に事切れ喰われてしまった仲間の遺体の一部を目にして、彼は今絶望の淵に立たされ、その瞳に諦めの色を濃く滲ませていた。


 この空間には、あれを含めてまだ五体の魔物がいる。


 屍を喰い尽くした別の一体が、気まぐれに標的をアルマンに移して襲いかかり、鋭い爪のついた大きな前足が胸部を押し潰すように圧迫し、呼吸すらままならない彼は抗うことも出来ず、その重みに顔を歪ませるだけだ。

 既に他の遺体を喰って腹が膨らんでいるせいか、ただ遊んでいるかのような魔物の暴虐に、とうとう剣を落とした彼の手は助けを求めるように空中を彷徨っている。


 セシリヤは剣の柄を握り締めたまま、くちびるを噛んだ。

 今ここで剣を抜かなければ、セシリヤの目の前で、彼は数分も経たないうちに息絶えるだろう。

 剣が手元にあるならば、あの魔物の群れを仕留める自信はある。


 けれどあの日、もう二度と、この剣を振るわないと決めた。


 自己満足でしかなかった自分の正義の下に振るっていた剣は、他人の為にはならない事を知ったからだ。

 事実、セシリヤが自らの子供同然に育てた(アレス)は、信じた正義を貫く彼女に憧れ騎士になることを目指し、結果、命を落とした。


 そんな事を、決して望んではいなかったのに。


 幼かった(アレス)を護る為に、騎士団での自らの在り方の迷いを振り切り、再び剣を手にすることを決めたはずなのに。

 どこかで進むべき道を過ってしまったのかも知れないと、今でも後悔している。

 だからその正義を捨て、剣を捨て、そして全てを捨ててしまおうと思ったのだ。

 結果的にそれは許されず、こうしてまだ、ここに留まっているのだけれど……。


 もう、今の自分には何もない。

 護るべきものも、愛しいものも。

 この剣を振るう、資格さえも。


 赤黒い血に汚れた、オレンジ色の髪が視界に入る。



   ――― ……姉さん…… ―――



 幻聴であることは、解っている。

 けれど、あのよく似た髪色にどうしても姿を重ねてしまう。


 迷っている時間はない。


 セシリヤは決心したかの様に固く柄を握り、剣を抜いた。

 目の前で力なく崩れ、命の灯が消えかけている彼を護る為に。

 鞘と刃の擦れる音が、やけに大きく響いた。



 アルマンに覆い被さる魔物の足元へ剣を横一線に一振りし、胸部を圧迫している前足を落としてから痛みで上体が反った所へ魔術を放ち、その身体を吹き飛ばした。

 魔術の衝撃で倒れた魔物が態勢を整える前に地を蹴って高く飛び、渾身の力を込めて剣を頭から深く突き立てると、劈くような叫びと共にその姿は消え去った。


 小さな呻き声に振り返ると、微かに開かれた彼の瞳が見えた。


 完全に意識が落ちているわけではないのなら、治療は残った四体の魔物を滅した後でもまだ十分に間に合うだろう。


「自惚れは、命取りですよ」


 後先も考えず、安易に魔物狩りなどと言う愚行に賛同し同行した彼に軽く揶揄を入れ、取り囲むように近づいて来た四体に向き直る。


 とにかく今は、この現状を出来るだけ早く打破しなければならない。

 久しぶりに外気に触れた剣が、あの頃のセシリヤの顔を映し出す。


「鈍ってなければ良いけど……」


 独り言の様に呟くと同時に、魔物の群れへと駆け出した。




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