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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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ガラス一枚を隔てた、この場所から -Ceciliya-  【邂逅】①

 とある任務での大失態で重症を負ったセシリヤは、奇跡的に復帰を果たしたものの、長い間在籍していた騎士団での自らの在り方が、わからなくなっていた。

 正確に言えば、もっと前からこの世界での自らの在り方が、わからなくなっていたのだと思う。


 そう遠くない昔に受けた呪いによって、まるで時間を止められてしまったかの様に老いる事も死ぬ事さえも出来なくなったこの身体は、至る所で様々な憶測と疑念を生み、少しずつ時間をかけて大きく膨らんだそれらは、明確な悪意となってセシリヤを容赦なく傷つけていた。


 何年経とうとも変わらない姿、どんなに大きな怪我をしても死ぬ事はなく、はじめの内は神が彼女に与えた奇跡や加護と謳われていたが、時間が経てば経つほどにそれは異端であると言う非難の声へと変わって行き、ついには悪魔や魔王の手先であるとまで噂されるようになっていた。

 決定的であったのは、先の任務で起こした自刃とそれによる任務の失敗、そして、多くの目の前で確実に致命傷を負ったにもかかわらず、生き延びてしまった事だ。

 それを受け、極一部を除き、長い間親しくしていた者さえも皆セシリヤを避けるようになり、彼女が騎士団内で孤立して行くまで時間はそうかからなかった。



 復帰から数日が経った頃、ロガール領内にある山道に質の悪い賊が出るとの報告が相次いで上がっていた。

 三度目の魔王の封印がされてから一年も経たない現在は、荒れたまま復興していない地域も多く、また、傭兵として戦いに参加し生計を立てていた者が賊に身を落とす事も少なくない。

 魔王との戦いに一役買ってくれていたとは言え、人を斬る事を躊躇せず、生活をも脅かしている彼らを見過ごすわけには行かず、第七騎士団へ山道の安全確認と賊の討伐命令が下されると、即日編成された部隊はすぐに城を出発して行った。


 その後を遅れて追うように、セシリヤは独り山道へ向けて馬を走らせていた。

 共に討伐任務にあたるはずの部隊内で疎外され、情報の伝達がされずに置いてけぼりを食らってしまったのだ。


 セシリヤがどんなに正しい行いをしても、どんなに誠実でいても、一度向けられた悪意が覆ることはなく、時にはこうして陰湿な形で牙を剥くこともあった。

 それでもセシリヤは、正しくあることを、誠実であることを決して捻じ曲げず、誰かを責めることもしなかった。

 誰かに罵られようと拒絶されようと、真っすぐに誠実でいれば必ず理解してもらえるのだと、幼い頃にそう話してくれていたその人の言葉を、信じていたからだ。

 既に出発していた部隊とは随分と距離が開いているのか、懸命に馬を走らせてもその姿をとらえる事は出来ず、しかし、ここで合流を諦めれば賊に困っている人を見捨ててしまう事になってしまうと、降りしきる冷たい雨の中、寒さに震える手で手綱を握り続けた。


 例え、先に目的地に到着していた部隊が賊を片付けていたとしても、残党が逃げ延びて来る可能性も考えられる。

 追い詰められた彼らはおそらく、なりふり構わずに人を襲い、生き残る為に更に悪事に手を染めるだろう。

 この山道も今は静まり返ってはいるが、いつどんな事が起きるかはわからない。

 様々な状況を想定しながら、周囲に気を配っていた時だ。


 不意に、雨音に混じって泣き声が聞こえたような気がして、握っていた手綱を引き馬の足を止め、辺りを見回した。


 しかし、特にこれと言って人の姿は確認できず、雨音のせいで聞き間違えでもしたのだろうかともう一度よく耳を澄ませてみると、確かに、この山道のどこかから子供の泣く声が聞こえて来る。

 はじめは魔物が餌を誘き寄せる為の罠ではないかと身構えたが、まだはっきりとしない滑舌で母親を呼ぶ言葉も混ざっていることを考えると、罠である可能性は極めて低い。(今まで魔物の中に言葉を話す個体など聞いたことがなかった)

 もしも、本当にこの山道のどこかに子供がいるとなれば、すぐに保護をしなければ危険だ。

 賊の被害が多く出ている上に、下手をすれば山道近辺に生息する魔物の餌食になってしまう。


 子供の保護を優先すれば、討伐部隊に追いつくことは出来なくなってしまうが、見捨てると言う選択肢などセシリヤにあるはずもなく、泣き声の聞こえる方向へ慎重に歩き進め、どうやら少し先へ上ったところの浅い横穴が声の発生源であることを突き止めると、驚かせないよう静かに入り口まで近づき、そっと中を覗き見た。


 辛うじて雨を凌げる横穴の中に、小さな子供が一人、倒れている母親と思しき女性に抱かれたまま泣いていた。


 泣き声に混ざる言葉もまだはっきりとはしておらず、履かされている靴の底があまり汚れていない所を見ると、自分の足ではあまり上手に歩けないくらいの年頃のようだ。

 倒れている女性の背に手を触れて呼びかけ意識を確認してみたが、すでに身体は冷たくなっていて、触れていた手を離すと、そこにはべったりと血がついていた。

 恐らく、賊か魔物に襲われ子供と共に逃げ、ここにたどり着いた所で力尽きてしまったのだろう。

 冷たくなった母親に抱かれ泣いている子供の声がいっそう大きくなった気がして思わず目を背けると、その先にまた別の子供のものと思われる靴が片方だけ転がっているのが見え、もしかするともう一人、どこかに同じ年の頃の子供がいるのではないかと思ったセシリヤは、身体が冷えないように泣き続ける子供にマントをかけ、魔物除けの結界を張ると周囲を探索に出た。

 しかし、どう見てもこの近くにはそれらしき姿も痕跡もなく、共にいたのだろう誰かがもう一人の子供を連れて逃げ、その最中にはぐれてしまったのかも知れないと考え直すと、すぐに横穴にいる母子の元へ戻った。


 とりあえずはいつまでも子供をこんな寒い場所に放置するわけにも行かず、硬直を始めていた母親の腕から引き離し慣れない手つきで抱き上げると、雨に濡れて冷えないようにマントでしっかり包む。

 母親の遺体については城へ報告に戻った後に埋葬しようと、魔物除けの結界とアンデッド化を防ぐ浄化の魔術を重ねてかけ、急ぎ山道を引き返した。




 城へついて真っ先に向かった先は医療棟で、まずはマルグレットに子供の健康状態を見てもらうべきだと、彼女の診療室を訪ねた。

 マルグレットはセシリヤの腕に抱かれた子供を見て驚いていたが、すぐに中へ招き入れると、雨に濡れた二人が風邪を引かないように部屋を暖めながら、子供を保護した経緯の説明を求めつつ、手早く健康状態を確認する。

 多少ぐずったものの、思っていた以上に大人しく診察を受けていた子供は、セシリヤがマルグレットに経緯を説明しているうちに疲れてしまったのか、すやすやと寝息を立てて寝台の上で眠っていた。

 小さな手が時折ぴくりと反応し、何かを探すように動いているのを見たセシリヤがそっと指先で手の平をつつくと、小さな指がギュッと握り返してくる。

 思っていた以上に強い力に驚きながらも、必死に指を握る姿が愛おしいと思えた。


「健康状態の問題はなさそうよ。ただ、ずっとこの子をここに置いておくわけにも行かないから、どこか預け先を探さないと……」


 マルグレットの言うどこかとは、国で運営している孤児院の事だろう。

 以前までは個人での運営を認めていたのだが、その内のいくつかは孤児院の名を騙った邪教団であることが発覚して以来、王が運営権をすべて国へ移したのだ。

 孤児院の院長は勿論、国がしっかり選定した人物であり信頼出来る施設である事に間違いはない。


 しかし、どうしてもそこへ預ける気には、なれなかった。


 セシリヤの指先を握る小さな手が、まるで自身の存在を必要としてくれているかのような気がしてしまったからだ。

 長い間、向けられて来た悪意で疲弊し閉ざしていた心に、一筋の光が差したような温かさを感じてしまったからだ。

 例え、この子供にそんな意思はなかったとしても、セシリヤにはそう思えてならなかった。

 故に、マルグレットの言葉に同意はできないと、頑なに預けることを拒否し続けた。


「セシリヤ、同情だけでこんな小さな子供を育てるなんて、とても無理よ。騎士団の仕事はどうするの? 貴女が遠征に行ったら、この子の面倒は誰が見るの? 病気になったら? もし、本当の家族がこの子を探していたら?」


 他にも問題は山積みだと、説得を試みるマルグレットの言葉に耳を塞いで目を逸らしたセシリヤは、


「今の騎士団に、私は必要とされていない。むしろ、いない方がきっと彼らも安心して任務に就ける。騎士団を去れって言うなら、それでも良い。だから、この子は私が育てる……。生活する為の仕事だって、こだわらなければ何だって出来るもの」


 そう言って、眠る子供へ視線を移す。 

 セシリヤの言葉に反応するかのように身じろぎした子供の小さな手が、再び指先を強く握った。

 たったそれだけで、心に空いていた穴が埋められて行くような気がして、セシリヤは小さく微笑み、子供の履いていた靴に記されていた名前を呟いた。



「……よろしくね、アレス」



 この小さな存在が、自分の在り方を示してくれるのではないかと微かな希望を抱き、鮮やかなオレンジ色の髪をそっと撫でた。




【14】



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