愁いた瞳が、いつまでも忘れられなかった -Yuri- 【困惑】①
ロガールと言う国の歴史は、然程長くはない。
建国した王は、かつてこの世界を絶望と恐怖に陥れた魔王を封印したと言われる異世界から召喚された初代の勇者であり、現在もこの国を統治しているからだ。
いくら異世界から召喚されたとは言え、こちらの世界の人間と同じように彼も年齢を重ね、現在齢は七十を超えている。
最近は身体の衰えのせいか、床に臥せることが多くなったように思う。
若かりし頃は、王と言う立場にありながらも自らの足で城下や国内のみならず、世界の現状をその目で確認する為、騎士団と共に遠征へ行くこともあったそうだ。
周囲がいくら止めたとて、目を離せばすぐに城を抜け出し城下で民と触れ合うこともしばしばで、けれど、彼の人柄のせいもあり、咎めるものは誰一人としていなかったという。
……ただ、一人を除いては。
【02】
ロガール城内にある王の寝所に入室を許されているのは、ごく一部の限られた関係者だけだ。
例えば、側近であったり、騎士団内でも地位の高い一握りの人間でなければ何人たりとも踏み入る事は許されない。
仮にあり得ない何かの偶然が重なり、間違ってそこに迷い込んだとしたら……、確実に命の保証はないだろう。
王自身がどう思うかは別として、彼の側近がそれを許さないとばかりに目を光らせているのだから。
更に言えば、騎士団でも末端と言われる医療団のこれまた一介の新人である人間には、王にお目通りが叶う事すら夢のまた夢であるのだ。
それなのに……。
「安静にしていて下さいと何度も申し上げましたのに、一体これはどう言う事なのかご説明下さいませ」
「いやあ……、今日は身体の調子がいつもより良い気がしてな……、その……、天気も……ほれ、この通り良くてだな……」
目の前には、適度に装飾が施された品の良い大きなベッドと、そこに横になっている年老いた男。
そして、老いた男の傍らに仁王立ちしながら、臆することもなく窘めている年若い女。
更にその後ろには、そんな彼女を射殺さんばかりに視線を送っている男が立っている。
「セシリヤ、慎め」
「いいえ、今まで彼を甘やかして来た結果がこれなのですから、この際私からはっきりと申し上げておきます!」
「控えろ、セシリヤ! 寝所とは言え王の御前だ!」
「そもそも、あなたが王から目を離したことが原因なのではないですか、アンヘル!」
……察しの通り、ここはロガール城内にある王の寝所であり、ベッドに横になっている年老いた男はまぎれもなく初代勇者であり、ロガールを建国・統治している王である。
そして、誰もが恐れる王の側近・アンヘルと対等に言い争っているのは、医療団に所属するセシリヤ・ウォートリーだ。彼女は、蚊帳の外であるこの状況にどうしていいか分からず狼狽えている青年・ユーリの指導員でもあった。
何故こんな事になっているのかというと、事の発端は、今から小一時間程前に遡る。
数ヶ月程前より、とある地域での魔物の異変が多数報告されており、王より真偽を確かめよと言う命令のもと、第二騎士団が偵察部隊を送っていた。
その彼らがつい数刻程前に帰還したのだが、部隊の半数以上が負傷していたのである。
当然、負傷者は医療団へ移送され治療されるわけなのだが、彼らには調査結果を報告する義務があり、けれど、その命令を下した肝心の王が見つからないのだと第二騎士団長がぼやいていた所、王の側近であるアンヘルが転がり込むように救護室へやって来たのだ。彼は救護室内をぐるりと見渡すと、重傷を負った騎士の治療を施していたセシリヤの腕を無言のまま強引に掴み、半ば引きずるような状態で踵を返して出て行ってしまった。
勿論、騎士への治療は中断されるわけで、しかも新人であるユーリには到底手に追えない施術の為におろおろしていた所、
「ユーリ、ここは私が引き受けますから、すぐにセシリヤを連れ戻して下さい。今、彼女にここを抜けられては手が回らなくなります」
と言う医療団長の無茶ぶりで、彼らを追うことになったのである。
確かに新人であるユーリに目の前の騎士の治療は力量不足で務まらないし、団長に代わってもらうのが賢明だろう。
けれど、まさかユーリに王の側近であるアンヘルからセシリヤを取り戻せるわけもなく、ただひたすら急ぐ二人の後ろを追いかけている内に、質素だった城内の装飾が徐々に品良く煌びやかになって行き、そして気がつけば、王の寝所にたどり着いていた、と言うわけだ。
寝所に踏み入るなり状況を察知したセシリヤが、すぐさまベッドに駆け寄ったと思えば先程のあの台詞だ、一国の王に対して不敬どころの騒ぎではない。
今にもアンヘルに首を掻っ切られてもおかしくない状況と緊迫した空気に声をかけることもままならず、困ったと言わんばかりに溜息を吐き出せば、これまた同じように二人の言い争いを困ったように見守っていた王と目が合ってしまい、
「お主も苦労するのう……」
と、まるで他人事のように呟くものだから、
「「誰のせいだと思ってるんです!」」
と言う息の合った台詞を合図に、怒りの矛先が再び王へと向けられたのだった。