術(すべ)が、欲しい -Dino-Ⅱ 【黙秘】③
自分の部下が全滅したことに憤っているのか、冷静さを失っているような状態で、しかもたった一人で向かって行くアルマンの行動は最早自殺行為だ。
いくら副団長を任される程の能力があるとは言え、冷静な状況判断ができない様では魔物にとって赤子の手を捻るも同然だ。
ディーノは率いていた部下の数名を連れ、すぐにアルマンの向かっている方角へと馬を走らせる。
ここで無駄死にされては、あの演習討伐で必死に後輩たちを護って死んでいった仲間にも申し訳が立たない。
過去の忌まわしい記憶に軽く頭をふった瞬間、目の前の奇妙な物体が不気味に蠢くと同時にその形を変え、一直線に向かっているアルマンを捕らえた。
まるで彼が飛び込んで来るのを待っていたかの様に。
張り巡らされていた蜘蛛の巣は、獲物を捕食するかのように丸く窄まり逃げ場を塞ぎ、アルマンがそれに抵抗して魔術を使ったのか、大きな力同士が反発しあって幾度も爆発を起こしている。
しかし窄まった巣が開く気配はなく、焦っているのかアルマンもでたらめに攻撃を仕掛けているだけのようにしか思えない無様な応戦ぶりだった。
「あの馬鹿野郎が!!」
考えなしに突っ込んだことは間違いないだろうアルマンに悪態を吐き、一刻も早く援護できるように移動ペースを速めるが、その間にも足掻いているのか、何度もぶつかり合う拙い魔術とごり押しの攻撃による空気の振動が肌を刺激する。
徐々に弱まって行くのは、明らかにアルマンの抵抗の方だ。
もしも。
もしも万が一のことが起こったとしたら、あの人が悲しむことは間違いないだろう。
(何故そこまで彼女がアルマンを気にかけているのかまでは、わからないが……)
同じ過ちを繰り返してはならないのだと自分へ言い聞かせ、馬から飛び降り抜剣したものの、直後には目の前で先程よりも更に大きな爆発が起こり、爆風に巻き上げられた砂埃に視界を遮られ、立ち止まってしまった。
周囲を見渡すも砂埃が邪魔をして、魔物の姿は愚か、アルマンの姿さえ見えない。
しかし、先程までアルマンとぶつかり合っていたはずの大きな魔物の気配が消えている事だけは感じ取れた。
なりふり構わずにごり押しの力技でアルマンが魔物を倒したのか、それとも魔物がアルマンを仕留めたと思ってどこかへ移動したのかはわからないが、とにかくここから危険が去ったことを確認したディーノは、すぐにアルマンの姿を探し始める。
「アルマン!! ……アルマン!!」
名を呼べど、返事は無い。
言葉を発する度に吸い込む砂埃など、気にしている余裕はなかった。
徐々に沈下して行く砂埃を払いながら、周囲に視線を隈なく巡らせる。
不意に風に運ばれて来た血の匂いに気づいたディーノが振り返れば、仰向けになったまま倒れているアルマンの姿が目に入った。
破損した鎧から覗き見える鮮やかな赤色に塗れた身体はぴくりとも動かず、その呼吸は消え入りそうな程に弱々しく、辛うじて生きている事が奇跡だった。
「おい……、生きてるか、アルマン?」
微かに開いて天を睨みつけていた瞳がディーノの顔を捉えると、何故だか安堵したように細められ、そして次の瞬間には閉じられた。
「何笑ってんだよ、気持ち悪ぃな……」
意識を完全に失ったアルマンを担ぐと、控えていた部下に彼が応戦していた魔物の報告を任せ、そのまま医療団の救護室へと直行した。
本来ならば一発でも殴ってやりたい所だが、今は、一刻の猶予も許されないのだ。
*
「セシリヤさん、この大馬鹿野郎を頼む」
「ディーノ副団長……、アルマン副団長!?」
騒然としていた医療団の救護室に、より一層大きなどよめきが響いたことに反応するのも面倒になっていたディーノは、あえてその視線と小声で囁かれる会話に気がつかないふりをして、セシリヤの診療室へアルマンを運び込む。
その場しのぎでアルマンに治療魔術をかけてはいたが、やはり効果は薄く、止まらない出血で部屋中があっと言う間に鮮やかに染め上げられて行った。
診台に寝かせたアルマンの鎧と服をディーノが手早く脱がせると、セシリヤが露になった患部の目視確認を始める。
至る所に細かい傷や深い裂傷があり、ディーノでさえも思わず目を背けたくなるような傷もあったが、セシリヤは目を背けるどころか、眉を顰めることもなく、隅々まで患部を調べて適切な処置の方法に思考を巡らせていた。
途中から手伝いに部屋へ入った団員へ治療の補助を頼んだセシリヤは、咽返る血の匂いが充満するこの小さな部屋で、懸命にアルマンへ適切と思われる治療魔術を施し、ディーノは精度の高い魔術を容易に扱うセシリヤの真剣な横顔を、じっと眺めていた。




