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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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驚愕、悲嘆、絶望 -Arman-Ⅱ 【亀裂】④

  *

  *

  *


 上手く動かない身体にもどかしさを感じて、目が覚めた。

 一番最初にアルマンの視界に入ったものは、シンプルな白い天井だ。


「……ここ、何処だ?」

 

 ―――医療団の特別救護室―――


 アルマンの呟いた言葉に、昔どこかで聞いたことのある様な台詞が記憶の中で答えた。

 視線を横に流すと、付き添っていた医療団員が驚いて部屋を飛び出して行くのが見え、記憶にある声の主では無かった事に安堵の溜息を漏らした。


「俺……は、生きてんだな……」


 ―――生き延びたのは、貴方の運が良かったからじゃないの。私の腕が良かったからよ―――


「……うるせぇよ」


 記憶の中で答える声に悪態をつく自分に心底呆れてしまう。

 両手を目の前に持って来て軽く握って見ると、あまり力は入らないが特に問題は無さそうだとその手で顔を覆い、白い世界を映す瞳を遮った。


 セシリヤに前言撤回を求められていた最中、部下を殺したのだろう魔物の気配を感じ取り追いかけたことを覚えている。

 あの惨劇のあった場所からは随分と離れた所で、それはアルマンを見つけると待ち伏せていたかの様に攻撃を仕掛けてきた。

 怒りで冷静さを失ったアルマンを餌にしようとおびき寄せられた事を悟った時には既に遅く、張られた罠にかかり、らしくもなく必死で足掻き、辛くも勝利を収めたものの身体はボロボロだった。

 そのまま果てることを覚悟した矢先に、応援要請を聞きつけたらしいディーノに拾われた。

 それから後の記憶は、アルマンには無い。

 先程部屋から出て行った名前も知らない医療団員を見る限り、ディーノに運ばれ、ここで治療を施されたと言うことだけは理解できた。

 あれだけ暴言を吐いたのに、こうして医療団は治療を施し面倒を見てくれる。

 セシリヤの真っ直ぐな瞳と医療団員たちの姿を思い出すと、再びアルマンの心に何かが突き刺さった。


 ……罪悪感。


 やりきれないと無理矢理身体を起こせば、そこはまだ騎士団に入団してそう長くないあの頃に見た、殺風景な部屋だった。



 ―――怪我人は怪我人らしく、大人しくしていてね―――



 そう言って、アルマンの身体を捩じ伏せる細い腕の()()()の姿はなく、安堵しているような、もの寂しいような、表現し難い感情に頭を掻き毟る。

 鈍い胸の痛みに眉を顰めて項垂れると、やや長めの髪がパラパラと視界に入り、白い世界に鮮やかなオレンジ色が刺した。


「し、失礼します」

「目ェ覚めたのか、アルマン」


 扉を開けて部屋に入って来たのは、アルマンをここまで運び込んだであろうディーノと、オドオドしている先程の名前も知らない医療団員。

 そして、二人に続き遅れて入って来た人物に、アルマンの身体は硬直した。


「気分はいかがですか、アルマン副団長?」


 いつもと変わらない態度で訊ねて来るセシリヤから慌てて視線を逸らすと、バツが悪そうに髪をかきあげる。

 アルマンの傷の手当てをしたのは、セシリヤであることは間違いない。

 八つ当たりした挙句に医療団を侮辱し、前言撤回もしないまま勝手に重症を負って運ばれて来たのにもかかわらず、いつもと変わらない態度で、いつもと変わらない仕事を平然とセシリヤはこなしたのだ。


 後悔したまま、それでも謝罪することを躊躇している自分とは違って。


 感情のままに喚き散らした後悔から、今度は醜態を晒したことによる羞恥心が勝り、ますますアルマンの心の内は複雑に絡んで行く。

 俯いて、両手をきつく握り締める。


「おい、アルマン? どうした?」


 ディーノの問いかけに答えることすら億劫だ。


 ……居た堪れない。


「アルマン副団長、傷の具合を診させていただきますね?」


 返事をしないアルマンの様子を気にも留めずに、セシリヤが傷の具合を見ようと手を伸ばした時だ。




「触んじゃねぇよ!!」




 空を斬る音が早かったのか、それともアルマンの怒声が空気を震わす方が早かったのかは解らないが、それは、あまりにも突然だった。

 セシリヤの差し出した手がアルマンによって弾かれたと同時に、部屋の空気が一瞬にして張り詰める。


「てめぇの診察なんざ受けたくねぇんだよっ!」

「アルマン!」


 今にも掴みかかりそうな勢いのアルマンを強く抑え窘めるディーノにセシリヤは首を横に振り、それを確認したディーノは小さな溜息をついてアルマンを抑えていた腕をしぶしぶ放した。


「出てけよ」


 吐き捨てる様なアルマンの言葉に、セシリヤは「失礼しました」と一言だけ返して困ったように笑い、垂れたオレンジ色の髪の隙間から見えたその顔に、罪悪感は募るばかりだ。


 ……どうして素直になれないのだろう、と。


 振り払われたセシリヤの手は、赤く色づいて腫れている。

 痛いはずなのに、顔色ひとつ変えないまま平然と傍らにいるセシリヤの顔をアルマンはまともに見ることができず、じっとその手を見つめていた。


「ユーリ、後の処置はお願いします」


 僅かな沈黙の後、アルマンの視線に気が付いたのか腫れた手をさり気なく隠すと、セシリヤは隣で控えて様子を見守っていた団員に声をかけ、静かに部屋を後にした。

 緊迫した空気は、消えないままだ。

 その発生源は目の前にいるディーノに間違いないだろう。

 チラリと表情を盗み見ると、不機嫌そうな顔がいつにも増して険しくなっていた。


「アルマン……、お前は何様だ?」

「………」


 ソッポを向いたままユーリの診察と治療を受けているアルマンに溜息をついて、それ以上は何も言わず、ディーノも部屋を出て行った。

 無言のまま、ユーリは緊張しているのか震える手で治療を続けている。

 身体の鈍い痛みは、殆ど感じなくなった。


「痛ェ……」

「す、すみませんっ! 痛い、ですか……?」


 アルマンの呟きにユーリが恐る恐る訊ねたが、彼はその問いに返事をしないままぼんやりと窓の外を見つめるだけだった。


 素直になれないまま、彼女を、彼らを、傷つけた。

 その代償は消えない痛みとなって、この先も心を蝕み続けるのだろう。


 悲鳴を上げるように、胸の奥が軋んだ。



【END】

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