驚愕、悲嘆、絶望 -Arman-Ⅱ 【亀裂】②
「何だよ、この有様は……!」
目の前に広がる陰惨な光景は、信じ難いものだった。
咽返る程の血の匂いは今まで何度も嗅いで来たはずなのに、変色したどす黒い血の色は今まで何度も目にして来たはずなのに、腹の底から込み上げるて来るものは、それらによって催されたものなのか、それとも別のものなのかは最早判断が付かなかった。
驚愕、悲嘆、絶望。
いずれにおいても表現し切れない感情に、アルマンは事切れている騎士の折れた剣の柄を拾い上げ、握り締めることしかできなかった。
数日前までこの剣を力強く振っていた騎士達が地に力なく伏せ、野ざらしのせいでどす黒く変色した華を一面に描いている。
第四騎士団監視区域に出現した魔物の巣窟の掃討は、団長・副団長を除く精鋭騎士達だけで十分に遂行できる任務のはずだったのだ。
アンジェロから受け取った報告書を元に適任な人材を編成し、会議でアルマンからその任務を与えられた彼らは意気衝天の勢いで兵舎を出発し、けれど、帰還予定の二日後になっても戻って来ないどころか連絡すらも途絶えてしまったのである。
そこで討伐部隊の身を案じたアルマン自らが、ごく僅かな部下を連れ現地へ足を運ぶこととなり、道中彼らが巣窟から帰還した形跡が微塵もないことに焦りを感じ、そんなことはあり得ないと更に足取りを辿るも、その先で散々過ぎっていた悪い予感は的中したのだった。
作戦は、完璧だった。
死者など、出るはずもなかった。
それなのに。
目の前にある現実は受け入れ難く、しかし、それから目を背けるわけにも行かない。
叫び出したくなる衝動を堪え周囲を見まわし、間違いなく討伐対象の掃討が終わっている事を確認すると、他に何かが潜んでいないか辺りを警戒しながら騎士の一人を呼びつける。
監視区域での討伐部隊全滅と対象の掃討完了、それから今現在は姿の確認ができないものの、討伐対象とは別の魔物又は賊がいた可能性がある事、念の為に同騎士団、若しくは他騎士団と医療団の救援を要請するよう彼に言い渡すと、急ぎロガールへ伝達に戻るその姿を見送り、握り締めている折れた剣を持ち主の傍らにそっと置き直した。
見る限り、医療団の救援は必要なかったかも知れない。
呼吸の音や胸の動きさえ微塵も感じられない事が、ここに生存者などいないことを明白に物語っているのだから。
けれど微かな期待をそこに抱いていたことは事実だ。
もしかするとあの女なら、一人でも誰かを奇跡的に助けられるのではないか、と。
いつもはその存在を否定して突っ撥ねているくせに、こんな時だけ頼ろうとしている狡さに自嘲した。
程なくして到着した医療団は、慣れているとも言うべきか、瞬時に惨状を把握しそれぞれが適切に動き始めるものの、そのいずれも延命措置や怪我の治療などではなく、損壊した遺体の回収と現状の報告をするのみだった。
彼らの動きをじっと眺めていたアルマンの目には、淡々と任務をこなして行くその姿が何故だか冷徹に映ってしまい、仕方がないと思う反面、やり場のない怒りにも似た気持ちが膨れあがり、それを発散させるように強く拳を握り締めた。
しかしそれでも、無駄だと解っていても、延命措置を施そうと言う姿勢が、望みが、どうしても欲しかった。
直属の部下が犠牲になったせいもある。
アルマンが彼らに言い渡した任務で起こった悲劇のせいでもある。
だからこそ、尚更だった。
淡々と作業を進める団員達に対し、拳を握り締める事でなんとか抑えている感情が再び芽生え始めるのを感じるが、それは理不尽なものであって、やり場の無い憤りと悲しみを持て余した結果の八つ当たりにしかならないと更に力を込めて耐え、次々と運ばれて行く遺体から、そっと目を逸らした。
両手の拳を痛い程に握り締めて、唇が裂ける程に噛み締めて、それでも心にある喪失感は誤魔化せない。
「アルマン副団長、遺体は全て回収致しました。後は、こちらで彼らの処置をさせて頂きます」
現場で指示を出していた医療団の副団長であるフレッドからそう機械的に告げられると同時に、抑え切れなかった感情がアルマンの中でとうとう爆発してしまった。
「テメェ……、延命処置のひとつもしねぇまま、よくそんな事を淡々と言えたもんだな?」
襟元を強引に掴んだ片腕で軽々とフレッドの身体を持ち上げると、ひどく怯える顔が見え、激しく憤るアルマンのその行動は、周囲を更に重苦しい雰囲気へと変えて行く。




