これは、悪い夢だ -King-Ⅱ 【告白】③
殊に、異界から巻き込まれる形で勇者として呼び出される人間にとっては、この上なく迷惑な話でしかないだろう。
右も左もわからない世界へ突然呼び出され、魔王を倒せと命じられ、倒した後には元の世界に帰せないなどあまりにも身勝手すぎる。
呼び出した本人を恨めと言っても、恨んだ所で何一つ状況が変わる訳でもない上に、言葉通り恨めばそれを言い放った人間の罪悪感を軽くしてしまうだけだ。
勇者の気持ちのやり場をどうすれば良いのか、その後の勇者の事をどうすれば良いのか、どんなに知恵を絞っても答えは出ない。
この世界で生きることを余儀なくされる事の辛さは、十分に理解している。
(年を重ね色々な経験をし、この世界も現実であり、決して夢物語ではないと知ったからこそだ)
今回の勇者にも家族や友人や、恋人だっているかも知れない。
それら全てから突然引き離され過酷な旅を強いられるのだ、人によっては発狂してもおかしくない。
二代目、三代目の時には元の世界へ帰すことも条件に、彼らの抱えるストレスが少しでも軽減されるように配慮し、見届けたつもりだ。
しかし今回ばかりは、最後まで見届ける事は難しいかも知れない。
「出来れば、迎える勇者にとって最善の配慮をしたいと思っている。アンヘル、もしもの事が私に起きた時には、残された勇者を、国を、……それから、セシリヤの事を頼みたい」
「承知しましたが、お断りします」
「そうか、ありが……え?」
「承知しましたが、お断りします」
予想外の返答を二回もされた事に驚きを隠せず、間の抜けた顔をしたままアンヘルを見上げると、彼は心底納得がいかないとばかりに不機嫌を隠すこともせず、わざとらしく盛大な溜息を吐き出した。
「今まで黙って貴方に付き従って来ましたが、今日は言わせて頂きます。どうして貴方は、そうやって全てを抱え込んでしまうのですか? バレていないと思っているようですが、私に話した事以外にもまだ隠し事をしていることくらい、わかっているんですよ」
まるで子供を叱る母親のような言い草に、あちらの世界へ残して来てしまった母親を思い浮かべて笑ってしまったが、当の本人は至って真剣だと更に息巻く。
「セシリヤも貴方も、どうしてもっと周囲に話して頼ろうとしないのですか? いえ……、そんな広い範囲でなくていい、せめて、私にだけは全て包み隠さずに話をして下さってもよろしいのではありませんか? 貴方は、私の恩人です。認めたくはありませんが、セシリヤも同じように。何故どちらもその恩に報いることを許してはくれないのですか! 私はもう、あの頃のような非力な子供ではありません。それぞれの事情と言うものがある事も理解しています。しかし、どんなに一人で悩んで抱えても答えが出ないのなら、相談くらいして下さってもよろしいのではありませんか? それが、貴方の命を左右するものであるのなら尚更! セシリヤの事も頼みたいと言うのなら、彼女の身に何があったのかを教えて下さい! 何も背負わせたくないと言うのなら、恩に報いる事を許されないまま見守るしか出来ない無力さと現実を、私に背負わせないで下さい!」
一通り言いたいことを言い終えたアンヘルがひと呼吸置き、それから非礼をお許しくださいと頭を下げ、答えを待つように沈黙する。
確かに、アンヘルにだけは真実を話している。
魔王を<封印>する理由、異界の勇者を召喚しなければならない理由、そして、召喚する為の代償を。
しかし、そのいずれも事実だけは話していない。
魔王の封印に関わった者に、異界の勇者を信じ崇める者に、それを伝える事はあまりにも酷だからだ。
……いや、そうではなく、自分自身がそれに耐えられないからだ。
事実を知った時、彼らが、この世界が、手の平を返してしまうのではないかとどこかで思っているからだ。
信頼していない訳ではない、けれど、彼らに今こうして信頼されているからこそ、事実を打ち明ける事が怖いのだ。
「やはり私では、貴方の力にはなれませんか?」
どこか諦めたようなアンヘルの声に、胸が痛む。
これ以上誤魔化し続ければ、彼を失意の底へ投げ込むことになってしまう。
長らく側に仕えていてくれた、彼の信頼と共に。
どれくらいの沈黙があったのだろうか、先にそれを破ったのはアンヘルの方で、顔を上げた彼は、困らせて申し訳ありませんでしたと、寂しそうに笑って見せた。
心に一枚壁を隔てたようなその顔は、彼を保護した時と同じものだ。
「アンヘル……、二つ、約束をしてほしい。決して事実を口外しないこと。決して自責他責をしないこと。それを守ってくれるのなら、今度は真実ではなく、事実を話そう。お前がそれをどう受け止め、これからどうするのかは自由だ」
部屋を出ようと向けられたアンヘルの背を引き止めるように言葉をかけると、彼は勿論ですと頷き、そして、静かに耳を傾けた。
「私は……、いや、私たちは、皆が崇める勇者などと言う存在ではないのだ……、」
語られて行く事実に、彼がどんな顔をしているのかは、直視することが出来なかった。
【END】




