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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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これは、悪い夢だ -King-Ⅱ 【告白】②



 すっかり馴染んだこの世界の文字を使い、様々な文様と組み合わせながら石床へ魔法円を描く。

 衰えた身体に残る僅かな魔力と生命力を増幅させ、召喚の儀式の際、外部からの予期せぬ危険から身を護るためにも描かれたそれは、これまでに使用したものより更に強力なものだ。

 異界から勇者を召喚する為に必要なものは多くの生命(生贄)であり、けれど、そんな犠牲を払い儀式を行うなど健全な精神を持ち合わせている人間には到底出来るはずもなく、考え抜いた末に出した答えは、自らの生命(いのち)を削ることだった。


 この世界へ召喚された時、非力で何の力も持たない自分の為に多くの生命が失われた事は、今も忘れてはいない。

 あの時、あの場所で起こった出来事を、感触を、臭いを、視線を、はっきりと覚えている。

 何故そこまでして異界の勇者を召喚する必要があったのか、当時の王へ問うと、この世界に恐怖と絶望を齎す者は、この世界と別の理に生きる<異界の人間>の力がなければ倒せないと答えた。

 それが事実であるのかどうか非常に疑わしかったが、当時の自分には確かめる術がない為に信じる他なかった。

 正直、召喚された直後に見た光景のお陰で、むしろあの王こそがこの世界に恐怖と絶望を齎しているのではないかと思ったのだが、到底話の通じる人間ではないと反論を飲み込み(下手に反論して刺激すれば、自分の身も危険だ)、理不尽な要求をする王に表面上では同意して魔王を倒す旅に出た。


 とは言え、あの頃はまだ大人の保護下にある学生で、更にこの世界に召喚されたからと言って何か特別な力を授けられた訳でも無く、しかも理不尽なあの王からは旅の支度金や装備品なども渡されること無く、文字通り着の身着のまま城から放り出されてしまった訳で、道中の困難は想像をはるかに絶するものだった。

 これならば、ひのきの棒と僅かばかりの金貨だけでもくれるゲームの中の王様の方が親切だと、当時は思ったものだ。


 せめてもの救いは、旅の途中に出会った仲間たちの存在だけだった。


 ふと脳裏に過ったその顔ぶれに懐かしくなって僅かに笑い声を漏らすと、開かれた隠し扉から書庫へ行っていたアンヘルが入って来る。

 その手には破壊されたチェーンが握られており、いよいよ悠長にしてはいられない状況にある事を理解した。


「やはり、破壊されていたか」

「ええ、見事なまでに。ただ、その先の結界が破られた形跡はありませんでした。誰かが何かを投げ入れたようではありますが」


 渡されたチェーンを見て、とうとうこの城内にまで侵入を許してしまった事に落胆する。

 このまま放置しておけば綻びが生じ、いずれ誰が魔王の手の者であるのか疑念を抱くものも現れ、内部から組織が崩壊してしまい兼ねない。

 扉の結界を破られたわけではなかった事が、唯一の救いだ。

 あの扉の奥に隠されているものが白日のもとに晒されてしまえば、この世界は更に混乱してしまう。

 僅かな安堵に溜息を吐き、壊れたチェーンに魔力を込めて修復を試みたが、最早そんな魔力すら身体には残っていないのか変化は見られず、察したアンヘルが結界の前に見張りを立てる事を提案したが、首を横に振って拒んだ。

 もしも見張りを立てれば、今度は彼らが侵入者と直接対峙することになってしまう。

 力の差は歴然としているのだ、わざわざ危険に晒す真似などできないと、止まっていた魔法円を描く作業に戻れば、アンヘルはその描きかけの魔法円をじっと見つめ眉を顰めた。

 どこか文字の間違いでもあったのだろうかと訊ねると、


「失礼を承知で申し上げます。この魔法円の増幅効果の反動は、今の王のお身体では耐えられるとは思えません」


 死ぬ気ですかと続けたアンヘルに、まさかと否定して先程受け取ったチェーンを指差し、


「折角だ、これを媒体にすれば多少は反動も抑えられよう。使えるものは少しでも有効活用せねばな」


 得意気に笑ったつもりではあったが、アンヘルの表情が和らぐことはなかった。


「この戦いに終止符を打つ為には、異界の勇者の協力がどうしても必要なのだ。それに、魔王を完全に消滅させる為の余力を残すように調整はしている。案ずることはない」


 そう続けると、


「どちらにしても、行きつく結果は変わりませんね。それに、魔王を消滅させることが出来たとして、召喚された勇者のその後をどうするおつもりですか?」


 今度はアンヘルの言葉に痛い所を突かれてしまい、口籠ってしまう。

 異界から召喚されているお陰か、生命力に関してはこの世界の人間よりも恵まれているようで、これまで二度の召喚を行い、いずれも元の世界へと帰して来たが何とか生き延びている。

 しかし、いくら恵まれていても限度があり、年を重ねた今となっては削った生命力の回復も期待通りにはならなかった。

 残された寿命も、そう長くはない。

 故に、今回の召喚が最後になる。

 懸念があるとすれば、アンヘルも察しているように、召喚された勇者を元の世界へ帰すことが出来るかどうかだった。

 召喚する度に削られて行く魔力と生命力を、魔法円でなんとか増幅させ補ってはいるものの、今度こそ魔王を完全に消滅させる為にやらなければならない事が一つ増え、仮にもしそれが成功したとすればおそらく……、いや、確実に此度の勇者を元の世界へ帰すことは出来なくなってしまうだろう。

 失敗に終わればこの戦いは永遠に終わらず、また、何も出来ないまま生涯を閉じる事になり、この連鎖を勇者へ背負わせてしまう事になる。

 それだけは避けたい所であるが、都合の良い部分だけ叶える事は難しく、更にこの身体に最適な魔法円さえも手探りで探している状態で完成させることが出来ず、未だ勇者を召喚するに至っていないのが本当の所だ。



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