これは、悪い夢だ -King-Ⅱ 【告白】① ※やや残酷描写があるので苦手な方はご注意下さい
ゲームや小説、アニメのように、剣や魔法のある世界へ行ってみたい。
剣をふるい、魔術を自在に操り、現代知識を使って無双したい。
女の熱い視線を浴びて、男の羨望の眼差しを受け、王より勇者として迎えられ、未知の世界を救うべく冒険の旅へ。
「さあ、異界の人間よ、その手で世界を救うのだ」
瞼を開け、目に飛び込んで来たのが異界であった事に喜んで、一も二もなく承諾し前へ一歩足を踏み出せば、何かに足を滑らせ尻を床に打ち付けた。
一体何だと痛む尻を左手でさすりながら足元をよく見れば、赤黒い液体が一面に広がっていて、床についていた右手にある違和感に気づき恐る恐る手を上げると、足元にあるのと同じものが肌を伝って床へ滑り落ちて行く。
まだ新鮮味のある生暖かさと鉄臭さにようやく気づいて吐き気を催し、反射的に胃からせり上がって来るものを出そうと顔を伏せれば、生気の失われたなんとも恨めしい瞳がじっとりとこちらを見上げていて、吐物をまき散らしながら情けない悲鳴を上げ、腰を抜かしたままぬめりのある血溜まりを滑るように後ずさる。
動く度に赤い飛沫が身体を染め上げ、漂う血の匂いが濃さを増して行く。
状況が飲み込めず、世界を救えとのたまう声の主へ視線を寄越せば、酷く醜い顔をした王が冷笑しながら、
「貴公を召喚する為に、捧げた贄はお気に召したかね?」
そう言ってその足元にあった肉塊を蹴り、転がって行く様を見て愉快と声を上げて笑い、それに同調する笑い声が取り囲むようにこだまする。
これは、悪い夢だ。
自分が知っている異世界召喚は、こんなに残酷なものではなかったはずだ。
煌びやかな城に召喚され、勇者として丁重に迎えられ、そして見目麗しい姫に武運を祈られる。
そんな世界を信じていたのに、目の前に広がるこの陰惨な光景は何なのか。
醜い王に蹴られ転がった塊が目の前で止まり、その恨めしい視線と目が合った。
……獣の耳が生えた、幼い子供の頭部だった。
見ていられずに視線を逸らせば更に多くの損壊した遺体や肉片が転がっているのが目に入り、人生で初めて遭遇したこの地獄絵図に、言葉が見つからない。
「何だよこれ……、贄ってどう言うことだよ……っ! 俺を召喚するためだけに、こんなものっ……必要ないだろ!」
恐怖と緊張で荒くなった呼吸の合間にようやく絞り出した声は弱々しく震えていて、この惨状を否定する言葉を思いつく限り叫んだが、
「異界とこの世界を繋げ、貴公を呼び出す為に必要な分だけ贄を用意したつもりだが……、不満であるのなら、すぐにでも用意してやろう」
この世界に話が通じる人間はいなかった。
醜い王の一声でどこからともなく連れて来られたのは、人間と形は似ていたが人間とは言えない者たちばかりで、その瞳はただ虚ろで光を宿してはおらず、まるで何かに操られている人形のようだ。
彼らに何をするつもりなのかは問わずとも理解でき、すぐに止めろと叫んだが、視界の端に冷たい輝きを捉えた直後、風を切る音と共に赤い飛沫が視界いっぱいに広がった。
床に落ちた頭を追うように、残された身体が膝から崩れ落ちる様を見て笑っているこの世界の人間は、本当に人間なのだろうか。
これは、悪い夢だ。
思い描いていた世界は、こんな残酷なものであって良いはずがない。
この醜い王は、人間が他種族を当然の如く蹂躙しているこの世界を、一体何から救えと言うのか……!
悪い夢だ、そうに違いない。
そうでなければ、これはまるで―――!
これが紛れもない現実であると自覚したのは、二人目の身体がただの肉塊と化し、伸し掛かって来るそれを両腕に受け止めた時だった。
【11】




