世界に、激震が走った -All- 【終結】⑩ ※挿絵有
ロガール城とその城下を一望出来る丘。
そこに並ぶ小さな墓石の数は元々二つだったが、今では四つに増えている。
一番古びた墓石はアレスの母親、その隣の墓石はアレス、そして、最近建てられた墓石の一つはハルマのものだ。
更にもう一つの墓石の下には、マティが眠っている。
マティは逆賊であり、本来であれば遺体はロガールの広場で晒される事になるはずであった。
しかし、騎士団から逆賊が出た事を大々的に周知すれば、国民は一層不安を抱き不信感を募らせるだろう。
また、アンデッドになる可能性を考えると下手に野に捨て置く訳にもいかなかった。(そうならないように魔術をかけたのだが、何故かマティの遺体には効果が無かったという理由もある)
いくつかの理由が重なり、マティの遺体を不用意に扱う事は出来ないと困っていた所、白羽の矢が当たったのがセシリヤだった。
セシリヤはマティの遠い親戚にあたる為、彼女に遺体をどうするかの権限が与えられたのだ。
セシリヤも当初は自分の置かれた境遇に戸惑っていたが、遠いとは言えマティが血縁者であるのならと、その遺体を引き取ったのである。
勿論、反対する意見もあったが、セシリヤは譲らなかった。
マティには、特に何の感情も持ち合わせてはいない。
しかし、彼の生まれ育って来た環境については同情を禁じ得なかった。
マティについての詳細は人伝に聞いた話でしか知らないが、もしも自分が彼と同じ境遇であったら、同じ事をしていた可能性も否定できないからだ。
セシリヤは、たまたま周囲の人間に恵まれていたから道を踏み外さずに済んだのだ、と。
そう思うと、セシリヤは遺体の引き取り手のないマティが憐れでならなかったのだ。
全ての墓石に花を添え、それぞれに祈りを捧げたセシリヤは、遠くに見えるロガール城と城下を眺めた。
あれからロガールは少しずつ復興し、新たな時代を刻み始めている。
魔王が二度と復活しなくなったことで、今代の勇者の存在はより神聖視される事になった。
事実を公表すべきだと王は言ったが、それはハルマ自身が望んでいないだろうとセシリヤが進言した為、今後も伏せられる事になったからだ。
ユウキも神聖視されるのを恐れていたが、最終的にはハルマの意思を尊重し、王の今後を考えた上で事実を伏せる事を了承してくれた。
これで世界の平和も保たれ、ロガールも末永く安泰するだろう。
事実は一部の人間だけがわかっていれば良いと、セシリヤも以降はそれについて何も語らず口を閉ざしたままでいる。
時々、魔王について恐ろしい存在だと子供たちに語る親を見て苦笑する事もあるが、それを聞く度にハルマの存在が確かにそこにあったと再認識出来る事が嬉しくもあった。
永遠に語り継がれるだろう"魔王と勇者の物語"。
その事実は、セシリヤの心の中で穏やかな思い出として眠っているのだ。
暫くぼんやりと景色を眺めていれば、遠くから蹄の音が聞こえ振り返る。
よく目を凝らして見れば、ディーノが馬を走らせてこちらに向かって来るところだった。
何か急を要する事でもあったのだろうかと、ディーノが到着するのを待っていれば、間もなく馬はセシリヤの近くで足を止める。
その上から降りたディーノはひどく焦っていたようで、セシリヤの顔を見た途端ほっと短い溜息を吐き出した。
「何か、急ぎの用でもあったのですか?」
「いえ……。部屋に伺ったらセシリヤさんの姿がなくて、他の誰に行方を聞いても知らないと言われてしまったので、探しに来たんです」
ここにいてくれて良かったと言うディーノは、来ていた上着をセシリヤの肩にかける。
それほど寒い訳ではないから不要だと言えば、彼は首を横に振り、羽織っていて下さいと強く言った。
「まだ完全に身体が回復した訳ではないんです。油断は禁物だと、マルグレット団長から言われていたはずですよ」
眉根を寄せ少し困ったように続けたディーノの顔を、セシリヤがじっと見つめる。
ほんの数秒間であったが、ディーノは気まずそうに視線を逸らすと顔を覆って白状した。
「……すみません、今のは建前です。心配なので、俺がそうしたいだけです」
お願いだから羽織っていて下さいと言うディーノに苦笑したセシリヤは、素直にお礼を言って上着を肩にかけたままにする。
少々過保護気味だが、彼がこうなってしまったのには理由があった。
マルグレットから聞いた話だが、セシリヤが査問を受けると決め査問会に軟禁された時、最も心配していたのはディーノだったそうだ。
ディーノはセシリヤの選択とその血筋についても理解し受け入れた上で、すぐに彼女の潔白を証明する為に行動を起こしていた。
彼は他国で大商団をまとめている父親と実兄に手紙を書き、その伝手を使って"アンリエット・ウォートリー"について知る人物を探し出したのだ。
同時に、その夫である"テオバルド・ウォートリー"について知る人物も探し、意外にも近くにその関係者がいた事を突き止めたディーノは、すぐさま連絡をして欲しいと掛け合いに行ったのである。
相手は大貴族だと聞いていた為、きっとディーノの家族も、ディーノ自身にも相当な苦労があったに違いない。
迷惑をかけてしまった事が心苦しいと思う反面、全てを受け入れた上でいち早く動いてくれたディーノには感謝している。
「気を遣って下さって、ありがとうございます。私が査問会に軟禁されていた時も、いち早く動いて証人を探して下さったのがディーノ団長だったと聞いています。もちろん、命がけで救って下さったことも。本当に、あなたには感謝してもしきれません」
改めてセシリヤが礼を言い頭を下げると、ディーノは慌てたように顔を上げて欲しいと懇願する。
「お礼を言われるような事ではありません。全て、俺がそうしたいと思ってやった事です」
そっと顔を上げてディーノの瞳を見れば、その言葉に嘘偽りがない事が見て取れた。
「そうだとしても、私はあなたに何も返せていないので……、少しだけ心苦しいというか……」
セシリヤがそう訴えると、ディーノは少し驚いたような顔をした後、何かを考える素振りを見せてから口を開く。
「それなら、ひとつだけ教えて欲しい事があります。それで、貸し借りは無しにしましょう」
「私に答えられる事なら、何でも」
僅かに緊張しながらセシリヤが答えると、ディーノはひとつ咳払いをして質問した。
「セシリヤさんは、何故あの時、査問を受ける事にしたんですか? 他の選択肢もあったはずなのに、何故茨の道を行くような真似を……?」
ディーノの質問は、何度もセシリヤが周囲から問われて来たものだった。
けれど、他の誰に問われても、セシリヤは未だにその質問に真相を答えた事がない。
何故ならば……、
「……あなたの隣に立っても、恥ずかしくない人間になりたかったんです」
それは、死の瀬戸際に立たされたセシリヤに届いた、ディーノの言葉に対する返事であったからだ。
「私は、今まで自分の事を何一つ知りませんでした。亡国の王族の血筋と言われてもピンと来なくて、どこか他人事のように感じていました。でも……、もしもそれが事実で、私に咎められるような罪があるというのなら、潔く査問を受けて身の潔白を証明するしかないと思ったんです。そうしないと……、あなたの隣に堂々と立つことは出来ないと思ったから……」
「セシリヤさん……」
マルグレットから、騎士として死ぬまで国に身を捧げるか、国を去るかのどちらかを提案された時、セシリヤの脳裏に過ったのはディーノの姿だった。
マティの罠にかかり、生きる事を諦めかけたセシリヤだったが、ディーノはボロボロの身体だったにも関わらず命がけで魔力をユウキに譲渡し助けてくれた。
その姿と真っ直ぐな彼の言葉を、セシリヤは今でもはっきりと覚えている。
そして、ディーノの隣に立ちたいと願った事も。
「まだ……、"あなたの明るい未来"に、私の居場所は、ありますか?」
ディーノの瞳を見ながらそう問い掛ければ、彼はゆっくりと瞬いた後、破顔して大きく頷いた。
「もちろんです、セシリヤさん……! 俺は、どんな貴女でも愛します! いや、……愛しています。これから先、何があっても貴女だけを……!」
「もしかしたら、この先も私の事であなたが後ろ指を指されるかも知れません……。本当に、それでも良いんですか?」
「問題ありません。そんな事で揺らぐような、生半可な気持ちではありませんから」
そうハッキリと言い切ったディーノはその場に片膝をつくと、セシリヤの左手を取り薬指にそっと口づける。
「俺の一生を懸けて誓います。貴女を愛し、守り抜く事を」
真剣なディーノの瞳を見たセシリヤがその言葉に頷いて見せれば、途端に恥ずかしくなったのか彼の顔が真っ赤に染まった。
それを見てくすりと笑ったセシリヤは、片膝をついたディーノを立たせると彼の腕の中に飛び込んだ。
「こうすれば、顔色なんて見えませんから大丈夫ですよ」
いつになく積極的な行動に出たセシリヤだったが、その顏はディーノと同じように赤く火照っている。
お揃いの顔をしている事が気恥ずかしく、それでいてどことなく幸せを感じながら少しの間そのままでいたが、流石に冷えて来たのか、セシリヤは小さなくしゃみをしてしまった。
それを見たディーノが城へ戻ることを勧め、それに同意するように頷けば、彼はセシリヤを軽々と抱き上げて馬に座らせる。
続いてディーノも馬に乗ると、ロガールへ続く道を進む為に方向転換をさせようとするが、突然前触れもなく嘶いた馬が前足を高く上げた為に、セシリヤがバランスを崩しディーノに向かって倒れかかった。
すぐにディーノがセシリヤの身体を抱き止めた為に大事には至らず、二人同時に安堵の溜息を吐き出した直後、自然とお互いの視線が重なり合う。
どちらともなく間にあった僅かな距離を詰めて瞳を閉じれば、二つの別々だった影が一つになった。
セシリヤは手にした幸せを噛み締めながら、これからの人生は幸せになって欲しいと願ってくれた人達や、手を差し伸べてくれた人達に感謝して、一日一日を大切に生きる事を心の中で誓う。
その瞬間、吹き抜ける風が墓石に供えた花束の花びらを舞い上げた。
同時に、ロガールから聞こえて来た鐘の音は、新しい彼女の人生の始まりを祝福しているかのようだった。
【END】




