世界に、激震が走った -All- 【終結】⑨
騎士団の再編生が発表されたのはつい先日の事で、更に日にちが経った今日、再編成しても尚埋められない人員についての話し合いがなされていた。
全体的に人員は不足しているが、主に第一騎士団、第四騎士団、第五騎士団に影響が出ている。
ジョエルは該当する団の団長を集め、今後の人員をどうするか話し合っていた。
「第五騎士団の欠員は以上です。いずれも魔王討伐で深手を負い、復帰が叶わなかった騎士が目立っています」
「同じく、第四騎士団もだ。つい先日にも復帰を諦め退団する者が出た所だ。身体もそうだが、精神的に立ち直れない者が多いな」
「……急な襲撃だった上に、騎士団内で裏切りがあったせいもあるだろう。やはり、私達以外の団にも掛け合って、一時的に人を借りるしかなさそうだ」
あと数ヶ月もすれば騎士学院の卒業生も入団して来る為、それまでの我慢だとジョエルが続ければ、シルベルトもラディムも頷いて見せる。
城を集中的に狙われた為に第一騎士団でも欠員は多く、城の警護もギリギリの状態でまわしていた。
これ以上今いる騎士達に負担がかかれば、それこそ退団したいと願い出る者が出て来るだろう。
そうならない為にも、各団に協力を仰がなければならない。
この他にも対処しなければならない問題は山積みだが、ひとまずは目の前の事を片付ける目途が出来たと、ジョエルは心の中で安堵した。
「……そう言えばその後、セシリヤ・ウォートリーの様子はどうなんだ?」
不意にシルベルトがセシリヤの話題を振って来た事で、思わずジョエルは警戒してしまった。
ジョエルの記憶が正しければ、シルベルトとセシリヤには何の接点もなく、あるとしても部下が医療団で世話になった時くらいだろう。
それも、本当に騎士達の容態の報告を受けるか、挨拶を交わす程度である。
セシリヤについてあまり良く思っていない騎士達が査問会の上層部と不正な取引をし、彼女が査問会に軟禁されると言う事態になってしまった為に、それ以降、ジョエルはより一層セシリヤについては慎重になっていた。(当然、医療団でもマルグレットやフレッドまでがセシリヤへ不用意に近づいて来る人物を警戒している為、今も限られた人しか面会出来ない状態だ)
勿論シルベルトを疑っている訳ではないのだが、条件反射でそうなってしまうのは致し方ないだろう。
ジョエルの警戒に苦笑したシルベルトは、決して他意がある訳ではないと続けた上で、セシリヤについて訊ねた理由を話し出した。
「実は、私の曾祖父がテオバルド・ウォートリーの友人だったようで、査問会の件があってから、その血縁であるセシリヤ・ウォートリーの事をずっと気にしているんだ」
もう老い先短い曾祖父を安心させる為にも、彼女が元気であるかどうかだけを教えてくれないかと言うシルベルトの話を聞いたジョエルは、"アンリエット・ウォートリー"を擁護した大貴族の一人が彼の曾祖父である事に気がつき、非礼を謝罪した。
「あの大貴族の一人は、シルベルトの曾祖父だったのか……。その証言を皮切りに、多数の生き証人も出て来てくれた。彼の勇気ある証言がなければ、こんなにうまく事が運ぶことはなかっただろう。改めて、お礼を言わせて欲しい。ありがとう」
「いや……、私は頼まれて曾祖父に手紙を書いただけであって、実際何もしていないも同然。礼は不要だ。それに、ラディムの協力があって多くの生き証人を探し出す事が出来たんだ。礼は是非、彼へ……」
シルベルトから視線を外してラディムを見れば、彼はラディムと同じように礼は不要だと笑った。
「セシリヤには、うちの団員も世話になっていますから。副団長のエレインは特に彼女を気に入っています。彼女が査問会に軟禁されている間、まったく使いものにならなかったくらいですからね」
個人的な理由もあって動いただけなのでと続けたラディムに、ジョエルは苦笑する。
「それでも、言わせて欲しい。シルベルト、ラディム……、セシリヤを助けてくれて、ありがとう。彼女は元気だ。もう少しだけ療養は必要だが、心配ないと伝えてくれ」
「わかった。そのように曾祖父に伝えておこう」
シルベルトとラディムに再び頭を下げたジョエルは、セシリヤが誠意を持って多くの人に接して来たからこそ報われたのだと実感した。
……彼女の誠意が、人々の心を動かしたのか。
種族を問わず心を動かしたセシリヤを尊敬し、同時に、ほんの少しの寂しさがジョエルの心の隅に顔を出す。
魔王を倒し無事に呪いが解けたセシリヤとは、もう同じ時間を生きる事が出来なくなったからだ。
……いつかこんな日が来るだろう事を、願っていたはずなのに。
きっとこれから、彼女は自分ではない人を選び幸せになるのだろう。
何とも言えない気持ちを振り切るように顔を上げたジョエルは、シルベルトとラディムに会議の終了を告げると、その場を解散させる。
それぞれの団へ戻って行く彼らを見送ると、一人残された部屋の椅子に腰かけたジョエルは浅く溜息を吐き出した。
……彼女が普通の人間として幸せになれるのなら、良かったじゃないか。
それは、紛れもなくジョエルが願い続けていた事だ。
……生きている限り、私は彼女の家族であろう。
遠征の前日、そう決めたのは、他の誰でもなくジョエル自身なのだから。
「君が、幸せになれるのなら、……」
何かを決意したかのように呟くと、ジョエルは心の奥底に眠る気持ちにそっと鍵を掛け、セシリヤの幸せを祈るのだった。




