世界に、激震が走った -All- 【終結】⑧
セシリヤ・ウォートリーの一件で騒がしかった城も、ようやく落ち着きを取り戻していた。
セシリヤのルーツが実は亡国の王族であった事に驚いたシャノンだったが、どことなく彼女の立ち居振る舞いから気品が感じられる事も多々あった為、すぐに納得は出来た。
むしろ、自団の団長であるアロイスが元貴族である事の方が信じられないと思う程だ。
今日もアロイスは手付かずの書類を大量に残したまま、ふらりと執務室から姿を消してしまった。
アロイスの机周りは目を覆いたくなる程に散らかっていて、つい先程掃除を終えたシャノンは、こうして彼を探しに来ている次第である。
……どうせあの人の事だから、医療団にでも行っているんだろう。
アロイスがふらりと姿を消す時はだいたい医療団にいる事が多く、恐らく今もそこにいるだろう事は予想出来ていた。
多忙な医療団へ行き、つらつらと中身のない話に誰かしらをつき合わせている事を思うと、シャノンは申し訳ない気持ちになってしまう。
早くアロイスを回収しなければと言う気持ちで足早に歩いていれば、ちょうどフレッドがこちらに向かってやって来るところだった。
「フレッド、アロイス団長を見なかったか?」
「あぁ、アロイス団長なら、うちの団長の所へ来ていたような……」
やはりシャノンの読みは当たっていたようだ。
しかも、より多忙なマルグレットに迷惑をかけている事を知り、思わず顔を覆ってしまう。
「毎回毎回、医療団に迷惑をかけて申し訳ない……」
「困った奴がいるのはお互い様だ。うちにも一人、手のつけられないのがいるからな……」
「そんな人、医療団にいたか?」
怪我をした騎士達に手がつけられないと言っているのなら理解できるが、まさか医療団員にそんな困った奴などいないだろうと続ければ、フレッドに「お前は何もわかっちゃいないな」と言われてしまった。
「医療団に移って来た時から思っていたが、あいつの行動は目に余る……! いくら運ばれて来た騎士が横暴だといっても、症状を悪化させるような真似はしちゃいかんだろう! 査問会から解放されて療養中の今は良い。だが、復帰した日を考えて見ろ……! 俺の血管がもたんっ!」
恐ろしいと頭を抱えるフレッドの話を聞きながら、シャノンはそれがセシリヤ・ウォートリーであると理解する。
ごく一部の騎士達に"医療団の悪魔"と呼ばれる彼女は、横暴な態度を取る者に容赦はしなかった。
例え大怪我をしていたとしても、礼儀は守れと (少々手荒だが)窘める事が出来る唯一の人間だと、シャノンは思っている。
セシリヤが医療団に移る前までは一部の横暴な騎士達によって医療団員が怪我をさせられる事もあった為、彼女の存在は医療団にとっても有難く重宝されているはずだ。
「まったく……、迷惑ばかりかけやがって……!」
フレッドも口では迷惑そうに言っているが、本気で追い出さないという事は、それなりに彼女を評価しているからだろう。
事実、セシリヤが査問会に軟禁された時、フレッドが密かに彼女に恩があるという馬丁に指示を出し査問会について探りを入れていた事を、シャノンは知っている。(偶然その現場に居合わせたのだが、あえてそれを言う必要もないだろうと言葉を飲み込んだ)
医療団員を守っているセシリヤへの恩返しのつもりなのか、それとも純粋に彼女を心配したからなのかはわからないが、心の底から嫌っている訳ではない事は窺えた。
きっと、フレッドの男としてのプライドが許さないだけだろうと結論づけたシャノンが、
「手のかかる子程、可愛いと言うからな」
と思わずそう呟けば、
「はぁぁぁぁ!? 手のかかる子程可愛い!? お前は何を言ってるんだ! 仕事のしすぎで頭がおかしくなったんじゃないのか! まったく、世間の目にはあいつがどんな風に映ってるんだ!?」
フレッドが額に青筋を浮かべながら捲し立てる。
そんなに怒鳴り散らして健康上に問題はないのだろうかと心配しつつもフレッドを宥めたシャノンは、そろそろアロイスを引き取りに行かなければと、その場から歩き出した。
「まあ、あんなのでもいないと、困るからな……」
すれ違いざまにぼそりと呟いたフレッドの言葉に、シャノンは気づかれないように笑いを噛み殺した。
フレッドの健康の為にも、アロイスが描き執務室に飾られた絵が彼女そっくりの女神だった事だけは秘密にしておこうと、心の中で誓いながら。




