世界に、激震が走った -All- 【終結】⑦
部屋に充満する膨大な魔力が消えた。
新しい魔具開発の為に使用する人工魔石を作り終えたイヴォンネは、補助に入っていたロータルに完成した魔石を渡すと深い溜息を吐き出した。
「団長、お疲れのようですね」
「うんざりって言った方が正しいわ」
こめかみを押さえるイヴォンネがちらりと見やった机には、乱雑に手紙が積まれ大きな山が作られている。
セシリヤが査問会に軟禁されている間、イヴォンネ率いる魔術団が"アンリエット・ウォートリー"の作った魔術を誰も成し得なかった偉業と賞賛し、「それが認められないのなら、自分達の開発した魔具の価値はないものとして今後一切の提供をやめる」と表明したところ、焦った各国から査問会へ抗議の手紙が殺到した。
イヴォンネの開発した魔具は品質も良く、また、小さな人工魔石一つで軽く十数年も使える為にこの世界では重宝されている。
特に、夜でも街を明るく照らす街灯や、生活に必要な火を扱う魔具、水を綺麗に浄化する魔具などの需要は非常に多く、それらが今後一切提供されず、尚且つ回収までされてしまうとなれば、衰退する国も出て来てしまうだろう。(最近では転移魔具にも注目が集まっていた所だ)
セシリヤを助ける為にはったりをかましただけと言うのがイヴォンネの本音なのだが (そうでなければロガールの収益にも関わってしまう)、思った以上に影響が強く出てしまい、今では各国からこうして考え直してほしいと嘆願する手紙や、高額を出すから独占で取引をさせて欲しいという類の手紙が大量に届いているのだ。
「この手紙、全部燃やしてもいいかしら?」
「ダメですよ団長。面倒でも読んで返事を出さないと。そこらの貴族や王族は別にいいとしても、一般庶民を不安にさせるのは団長も望んでないでしょう?」
「……そうね」
ロータルの言葉に再び溜息を吐いたイヴォンネは、机に座ると嫌々ながら手紙に目を通す。
「そもそも、私くらい優秀な魔術師がいないのも原因よね。年々、魔術師の数も減っているし、いつか魔具に頼るのにも限界が来るでしょうね」
「そりゃあ団長と同等の能力を求められても、応えられる人はいませんよ」
苦笑いを浮かべて答えたロータルから視線を外したイヴォンネは、手紙を読みながら今後のことを考える。
イヴォンネが人生を終える頃には、魔術師という存在は希少なものとなり、また別の技術が発達しているだろう。
王がいたという異世界のように、魔術や魔石に頼らず明かりを灯す事も、簡単に火を扱うことも、水を浄化する事も出来るようになっているかもしれない。(残念ながら、王はそれらの仕組みを理解しているが実現化するまでの知識はなかった為に、現状を維持しているのだけれど)
他にも、魔術では出来なかった事が沢山出来るようになっているかもしれない。
「いっそ、他国の技術者と何か共同開発するのも悪くないかも知れないわね」
小さく呟いて手紙にペンを走らせれば、元気良く扉が開けられプリシラが部屋に入って来た。
「ママー! 見て見て! 新しいお洋服と帽子が届いたの!」
「プリシラ……、部屋に入る時はノックをしなさいと教えたはずよ?」
眉を少しだけ下げながら駆け寄ってくるプリシラに言うが、新しい服と帽子を見て欲しいと興奮している彼女には聞こえていないようだ。
イヴォンネの前に立ち、くるりと回って見せたプリシラは、スカートの裾を摘まんでお辞儀をして見せる。
「ねえ、ママ! お洋服も帽子も素敵でしょ?」
「そうね。とても似合ってるわ。少しだけ、お姉さんになったみたい」
「ママがいない間、セシリヤちゃんとディーノくんと一緒にお出かけして作ってもらったの! お洋服はセシリヤちゃんから、帽子はディーノくんからのプレゼントだよ!」
それを聞いたイヴォンネは思わず目を丸くする。
イヴォンネが遠征に行っている間、プリシラには十分なお金を渡してあったはずなのに、セシリヤもディーノもそれを使わせなかったようだ。
いや、それよりも……、
「プリシラ……。セシリヤとディーノと、一緒に仕立て屋へ行ったの?」
「うん、行ったよ! あっ、その時ね、セシリヤちゃんがドレスの試着してね、とーっても綺麗だったんだよ! ディーノくんなんてすっごくびっくりしちゃって、二人とも恥ずかしそうにしてたよ?」
まさか知らない所であの二人が一緒に出掛けるまで進展していたとはね、と感慨に浸っていれば、プリシラがイヴォンネをじっと見つめている事に気がつき、どうしたのかと声をかける。
「ねえ、ママ。セシリヤちゃんもディーノくんも、お互い好きなら好きって言えばいいのに、どうして言わないんだろうねっ?」
「!?」
「えっ……、それ本当なの、プリシラちゃん?」
プリシラの発言に素早く反応するロータルを軽く睨んで牽制したイヴォンネは、キラキラと純粋な眼差しを向けるプリシラにどう答えようかと悩み、それから、
「プリシラ。人には人のペースっていうものがあるのよ。それに、好きだからっていう気持ちだけではどうにもならない事もあるの。特に、あの二人には複雑な事情もあったからね……」
「フクザツなジジョウ?」
よくわからないという顔をしながら復唱するプリシラの頭を撫でたイヴォンネは、小さく頷いて言葉を続けた。
「でも、プリシラの目から見てそう見えたなら、きっとその内二人の気持ちも通じ合うでしょう。それまで、そっと見守ってあげましょう」
「うん、わかった!」
右手を真っすぐ上にあげて返事をしたプリシラに笑顔を向けた後、話を聞いていたロータルにも念を押せば、彼もプリシラと同じように右手を上げて返事をして見せる。
大の大人がそんなポーズをしても可愛くないだけだと笑ったイヴォンネは、席を立ってプリシラを抱き上げた。
「そうだ、プリシラ。その洋服と帽子、届いたからには二人に着ている所を見せてあげないとね。それから、ちゃんとお礼もしなくちゃ」
「お礼は、何がいいかなぁ?」
「もういっそ、お祝いの品を渡してみては……?」
「ロータル、あんたは黙ってなさい」
口を挟んでくるロータルにぴしゃりと言い放つと、イヴォンネは魔術塔の窓から見える城下を眺める。
ロータルの言う通り、お祝いの品を渡すのも悪くないかも知れないと、密かに頭の片隅で考えながら。




