世界に、激震が走った -All- 【終結】⑥
医療団の仕事がひと段落した頃、彼はその姿を現した。
マルグレットが露骨に嫌な顔をしても特に気にした様子のない彼は、空いていた椅子に座ると頬杖をつき、にこにこと笑顔を浮かべて見せる。
「何の御用ですか、アロイス団長。今、仕事もひと段落したので休憩しようと思っていたのですが……」
暗に邪魔だと言うニュアンスを含めて言い放ったマルグレットだったが、アロイスは丁度良かったと言わんばかりに「お茶でも飲もうよ」と誘いをかけて来る。
絶対にお断りだと言えば、アロイスは別にお茶はなくてもいいやと開き直り、勝手に話をし始めた。
「セシリヤちゃんが査問会から無事に解放されてよかったねぇ……。一時はどうなるかって肝を冷やしたけど、彼女の誠実な人柄が沢山の人を動かした事は本当に凄いと思ったよ」
「……そうですね。それは、私も思っています」
マルグレットがセシリヤに査問会から逃げる為の選択を迫った時、彼女はそのどちらも拒否して査問を受け入れると決断した。
当然、セシリヤにとっては不利な状況だと何度も言ったが、彼女は頑として査問会から逃げる事を選ばなかったのだ。
一体どうしてと問えば、セシリヤは「自分の幸せの為」と答えて笑った。
幸せになる為に身の潔白を証明したいのだと言う彼女を止める事など、マルグレットには出来るはずもなかった。
それからセシリヤが査問会の監視下に置かれる事になった時は、毎日彼女が心配で眠る事もままならなかった。
けれど、セシリヤは何があっても折れる事無く、容疑を否認し続けて見せた。
セシリヤの主張を嘲り失笑する査問会にも誠実に向き合うその姿勢は、マルグレットの良く知っている彼女本来の姿だった。
そして、どんな時でも人や物事に誠実に向き合って来たセシリヤだからこそ、あれだけ多くの人達が彼女を思って動いてくれたのだ、と。
以前、第一騎士団に所属していた夫を亡くし、悲しみと怒りのやり場がなくセシリヤに襲いかかった妻でさえ、彼女の為に多くの人の署名を集めて提出したと人伝に聞いた。
誠実であるが故に、裏切られる事も多いこの世界。
しかし、セシリヤは間違いなくその誠実さに助けられたのだ。
「アロイス団長も裏で動いていたと聞いています。……縁を切った御実家に、手紙を書いて下さったと」
「あー……、うん、まあね。一応それなりに大きな貴族だったし、発言力はある家だからね。使えるものは使わないと、もったいないでしょ~? それに、セシリヤちゃんの為なら恥だのなんだのなんて言ってられなかったからねぇ」
彼女は僕の恩人でもあるんだ、と続けるアロイスの顔はどこか昔を懐かしむ様なもので、けれど追求はしてくれるなと言う拒絶も滲み出ていた為に、マルグレットは何も言わずに口を噤む。
マルグレットの知らない所で人知れず縁を繋いていたセシリヤには、本当に驚かされてばかりだ。
「セシリヤの事、ありがとうございます。彼女の友人としてお礼を申し上げます」
「お礼を言うのは僕の方だよ。……鳥籠、解放してくれたんでしょ?」
アロイスの"鳥籠"という単語に度々不快感を示していたマルグレットだが、今日は特にそれを不快だとは思わなかった。
セシリヤに医療団を辞めても良いと言った時、彼女にはそれを選択する気がなかったからだ。
後になってセシリヤに理由を訊ねれば、医療団は彼女が彼女自身を否定した時、唯一存在して良いと許された場所であり、これからもそこに在りたいと思った場所であると答えてくれた。
そして、そこに無理矢理閉じ込められたと思った事は一度も無いとも。
その言葉が、マルグレットの心に随分と余裕を持たせてくれたのだ。
「鍵は、最初から掛かっていなかったんです。セシリヤが、セシリヤの意思で医療団にいたいと思ってくれていたから」
「そっか……。囚われていたのは、僕らの方だったのかも知れないね」
お互いの認識の違いが本当の"鳥籠"であり"鍵"であったのだろうと続けたアロイスに苦笑したマルグレットは、珍しく彼に同意すると首を縦に振って見せる。
「君と意見が一致するなんて、感慨深いなぁ」
「今だけです。今後は、ないでしょうね」
そう冷たく返事をして視線を逸らしたマルグレットだったが、ふと、アロイスに言わなければならない事を思い出すと再び彼に視線を向けた。
アロイスは、相変わらず何を考えているのか読めない表情をしたまま、マルグレットの言葉を待っているようだ。
「……そう言えば……、マティの拘束魔術で私が床に叩きつけられる寸前、防御魔術を張って下さったのはアロイス団長ですよね?」
あの時、マルグレットには防御魔術を張る余裕など無く、床に直撃するのは確定だった。
けれど、床にあたる寸前に張られた防御魔術によって、大怪我は免れたのだ。
後になって魔力の残滓を辿った所、それがアロイスである事が判明した。
それから今日に至るまで忙しかった為にお礼を言う機会がなく気になっていたのだが、これで漸く胸のつかえが取れると心の底から安堵する。
「……助けて下さって、ありがとうございます」
「無意識の内に、手が動いたんだろうねぇ。その証拠に、最後まで気を失ってたみたいだし……、情けないよね~?」
ははっと困ったように笑ったアロイスにつられて笑うマルグレットだったが、彼の表情が急に驚いたようなものに変わった事で、思わず眉を顰めてしまった。
「……何か、おかしな事でも?」
「あー、いや……。君も、そんな風に笑えるんだなって思ってねぇ」
「笑うことくらい、私にもあります。アロイス団長は私を何だと思っていらっしゃるのですか?」
アロイスの返答に不愉快である事を全面に押し出したマルグレットだったが、彼にはどこ吹く風だったようで、ゆったりと椅子から立ち上がったアロイスはそのまま背を向けて扉の方へ歩いて行った。
また言いたい事だけ言って帰るパターンかと呆れていれば、不意にアロイスがマルグレットを振り返って言葉を投げかける。
「そうやって笑ってた方がとっつきやすいし、可愛いよ」
「なっ……!?」
突然のアロイスの言葉にどう反応を返せば良いのかわからないと狼狽えていれば、彼はにんまりと笑って今度こそ部屋を出て行った。
「一体何なのっ……、あの人は!」
可愛いと外見を褒める発言に怒るマルグレットだったが、どことなく悪い気はせず、また、耳まで赤くなっている事に、最後まで彼女は気づけなかった。




