世界に、激震が走った -All- 【終結】②
査問会の騒動が無事終結した後、フシャオイは再びベッド上の生活へと戻されていた。
セシリヤの疑惑を晴らす為にと動きまわった事が祟り、快方に向かっていた体調が逆戻りしてしまったせいだ。
アンヘルはこれに怒りを通り越して呆れ、それ以降彼がいない時には別の監視役がつけられる事になってしまった。
ベッド脇にある椅子に視線を寄越せば、今日は仔猫を連れた少年が座りじっとフシャオイを見つめている。
今代の勇者である、佐瀬 優希だ。
アンヘルから静かにしているようにとでも言われたのか、部屋に入って来てからずっとこの調子である。
少しだけ優希の視線が痛いと溜息を吐き出したフシャオイは、そっと彼に声をかけた。
「お主にまで監視役をさせることになるとは……、申し訳ない」
「あっ、いいえ! あの、どちらかと言えば時間を持て余しているので、逆に役割を貰えた方が僕も助かるっていうか……」
少し気まずそうに視線を落とした優希に苦笑すると、フシャオイはベッド生活に戻ってからずっと気になっていたセシリヤの様子を訊ねて見る。
それと言うのも、査問会から無事解放された後セシリヤは体調を崩し (心労が大きかったのだろう)医療団で手厚く保護されていると聞いたきり、続報がなかったからだ。
「心配ありません。セシリヤさんの体調も回復して、近々医療団員として復帰するそうです」
「それは良かった……。今後、彼女には心穏やかに過ごして欲しいものだ」
「そう、ですね。……セシリヤさんには、幸せになってもらいたいです」
長い間苦しみ続けていたセシリヤには、今度こそ自分の幸せを掴んでもらいたい。
それは、彼女を愛している人達の心からの願いだった。
今考えれば、セシリヤが査問を受け入れたのは、彼女自身が今後を生きる為のけじめだったのかも知れない。
セシリヤが積み重ねて来た徳もあって、多方面から彼女を助ける為に協力者が現れた時には感動に打ち震えたものだ。
今も昔も変わらない誠実さが彼女自身を救う結果になったのだと理解したフシャオイは、僅かに笑みを浮かべた。
それから、続けて騎士団の様子や城下の様子を訊ねて見る。
査問会の一件から、それらの様子を自らの目で見る事が出来ない為に気になっていた事だ。
「王様も知ってるかもしれませんが……、騎士団の方は再編成後、新生ロガール騎士団として活動しています。相変わらず人員は足りないようですが、あともう少しすれば今の学院生が騎士として入団するので、それまでの我慢だとジョエルさんも言っていました。それぞれ新しい役職についた皆さんも、頑張っています」
「……そうか」
レオンとシルヴィオが抜けてしまい、その穴を埋める形で編成を決定したが、存外彼らはうまくやってくれているようだ。
「城下の方は、順調に復興して行ってます。まだ心の傷が癒えていない人もいますが……、僕も異世界にいる間はその人達に出来るだけ寄り添ってあげたいと思っています。それから、孤児院の建設も粗方終わっているようなので、近いうちに開くことができるみたいです。ボランティアで協力したいと言ってくれている一般の方もいるので、運営は心配ないかも知れません」
フシャオイが思っていた以上に、国民は逞しかった。
辛い現状を受け入れ、それでも歯を食いしばって懸命に国を復興させようとしている様子に、フシャオイの瞳も思わず潤む。
「王様……。王様は、本当に良い国を創って来たんですね。何度壊されても、国民は折れずに一生懸命この国を復興させようと努力しています。皆さんがこの国を本当に愛しているからこそ出来るんだって……、そう、思いました。王様が国や人々を本当に愛しているのが伝わっている証拠だと思います」
優希の言葉に、フシャオイはとうとう涙を堪えきれず、こぼしてしまった。
自分の贖罪の為に創ったこの国を、今では多くの人々が愛してくれている。
それを第三者である優希が伝えてくれた事で、フシャオイにとって救いになったのだ。
「……そうか……、皆が、愛してくれているのか……」
その言葉に頷いた優希へ礼を述べると、フシャオイは「もう思い残す事もない」と呟いた。
「……王様は、元の世界に未練はないんですか?」
優希の質問に、フシャオイはそっと瞳を閉じる。
瞼の裏に思い浮かぶのは、元の世界に残して来た家族ではなく、この世界にいる人達ばかりだった。
「……もう随分と遠い昔の事で、忘れてしまったよ」
全く寂しくないと言えば、嘘になるのだろうけれど……。
再び目を開ければ、少しだけ眉を下げて困ったように笑う顔が見えた。
きっと、フシャオイの返答にどう返せば良いのかわからないのだろう。
気を遣わせて申し訳ないと思ったフシャオイは、話題を変える為に思考を巡らせる。
それからすぐに、勇者として役目を果たした優希に褒賞を与えていない事に気が付き口を開いた。
「そう言えば、慌ただしくしていたせいで褒賞を与えていなかったな。……何か、望むものは?」
「え……、あー……。褒賞……、ですか」
勿論、元の世界に帰してやることは当然であるから別だと説明を付け加えれば、優希は暫く頭を悩ませた後、何かを思いついた様子でフシャオイの顔を見つめた。
「あの、王様……。僕はこの世界の皆さんの話が聞きたいです。生い立ちだとか、騎士団に入った切っ掛けだとか……。勿論、王様についても、聞かせて欲しいです」
「それは勿論構わないが……、そんな事で良いのか?」
他にもっとあるだろうとフシャオイは訊ねたが、優希は首を横に振ると言葉を続ける。
「それだけじゃないんです。……皆さんから聞いたお話を、物語として書き綴ることを許してもらえませんか?」
優希の言葉にピンと来たフシャオイは、伊達に同じ異世界にいた訳ではないと微笑んで頷いた。
「よし、わかった。異世界を救った勇者に自分の事を聞かれたら、包み隠さずに話す事を、全騎士団に通達しよう」
「ありがとうございます、王様……!」
嬉しそうにお礼を言う優希に答えようとしたフシャオイだが、僅かに咳が出始めた事で休む事を促される。
素直に横になると、優希が毛布をフシャオイの肩まで引き上げてくれた。
それから、眠るまで傍にますと言った優希は、フシャオイの手を優しく握った。
「この広い部屋に一人は、淋しいじゃないですか……」
きっと、いつも傍にいるはずのアンヘルが書庫の復元作業に行っていていない為、気を遣ってくれたのだろう。
そして、優希の言っている事は当たっていた。
この部屋は一人で過ごすには、広すぎるのだ。
「そうだな……。お言葉に、甘えるとしよう」
「はい、そうしてください」
おやすみなさいと言う優希の言葉を聞きながら、フシャオイは静かに目を閉じたのだった。




