ありがとう…… -Ceciliya- Ⅳ【転機】⑥
「……マティの部屋から、古びた手帳が見つかったの。その中に、禁忌魔術を作ったのが"アンリエット・ウォートリー"であると記載されていて、その件について……、今、密かに査問会が動いているの」
そこまで言うと、マルグレットは悔しそうにくちびるを噛んだ。
恐らく、同じ"ウォートリー"という名前であった為に、一部の人間にその血族ではないかと言う疑惑と動揺、そして危機感を与えてしまったのだろう。
しかも禁忌魔術を作ったというのだから、危険視されるのも当然だ。
もしもその血族で禁忌魔術を知っていたとすれば、セシリヤは国にとって……、世界にとって脅威となるのだから。(良い意味でも悪い意味でも)
何故そんな情報が査問会にまで広がったのかはわからないが、セシリヤを良く思っていない一部の人間の仕業だろうとマルグレットは言った。
勿論、セシリヤは血族の存在など全く知らない上に、禁忌魔術の知識の欠片もない。
「当然、王もアンヘルもそれを否定したけれど、マティの事もあって、疑惑が拭い切れないと反発する声も上がっているの。だから打診のあったそこに書いてある団に移動して、死ぬまで国を守ると彼らに表明するか……、もしくは、団を辞めてこの国を去るか……。そうじゃなければ、謂れの無い事で査問にかけられる事になるわ」
「……」
「それに、査問会は私たち騎士団とは無関係の団体だから……、誰も、あなたの助けにはなれないの。例え、ユウキ様であったとしてもよ」
突きつけられた選択肢。
書類に目を落としたまま呆然としていれば、マルグレットがセシリヤの手をぎゅっと握って言葉を続けた。
「ねえ、セシリヤ。私は、今度こそあなたにはあなたの為に生きて欲しいの。確証も何もないのに査問だなんて、バカげてるわ! 彼らは最初からあなたを疑っているのだから、きっと辛い思いをするに決まってる! あなたが望むのなら、ここを辞めても良いわ! だからどうか……、あなたにとって最良の選択をして欲しいの!」
じっと書類を見つめ、セシリヤも今後の事を真剣に考えなければならないと、心の中で溜息を吐く。
長い間身体を蝕んでいた呪いは無事に解けた。
しかし幸いな事に、セシリヤの姿は今までと何一つ変わらないままだった。(いつか突然変わってしまうのではないかと言う不安は拭えないが)
けれどこれからは、他と同じようにゆっくりと年齢を重ねて行く事が出来るだろう。
この先、自分にどれくらいの時間が残されているかはわからないが、そう短くはないはずだ。
ハルマを始め、多くの人達によって生かされたこの命をどのように使うべきであるのか。
最良の選択とは、何を指すのか。
――― お前は幸せになるんだ。誰の為でもなく、お前自身の為に。
ふと、そんな声が聞こえた気がしてセシリヤが窓の外を見上げれば、青い空を小鳥が悠々と飛んで行くのが見えた。
「……マルグレット……。本当に私が、私の為に選んで良いの?」
「もちろんよ、セシリヤ」
マルグレットの同意の声を聞き、そしてまたセシリヤは考える。
開け放された扉を潜った自分は、あの小鳥のように上手く飛ぶ事が出来るのだろうかと。
【END】




