ありがとう…… -Ceciliya- Ⅳ【転機】④
重たい瞼を持ち上げれば、よく見知った天井が目に入る。
医療棟内にある病室であると気づいたセシリヤは、頭を動かして辺りを見回した。
部屋には誰もおらず、ベッド脇にある椅子は無人だ。
サイドテーブルには、乱雑に見舞いの品が置かれて山になっている。(以前、これと同じ光景を見た気がする)
一体どれくらいの時間眠っていたのだろうかと考えながら、両腕で上半身を支えて起き上がった。
急に起き上がったせいで頭痛と眩暈を感じ、それと同時に、両目からぽろりと涙が零れ落ちる。
どうして泣いているのか、セシリヤにもわからなかった。
けれど、どういう訳か次から次へと涙が出て止まらないのだ。
自分の感情に困惑していれば、扉を叩く音が聞こえて来る。
返事をしようとしても、喉がカラカラに乾いているせいか上手く声が出せない。
ノックをした主は、セシリヤから返事がない事を特に気にした様子もなく扉を開けて入って来る。
ディーノだった。
「セシリヤさん、今日は珍しくアルマンから花が……」
手には花を持ち、まるでセシリヤが起きているかのように話しかけるディーノを見つめていれば、彼の隻眼がセシリヤの姿をとらえる。
その直後、花は床へ落ちて無惨にも花びらが飛び散った。
落ちた花の事などどうでも良いと言わんばかりに駆け寄って来たディーノは、そっとセシリヤの背を支えてくれる。
「セシリヤさんっ……!」
セシリヤの瞳から零れている涙に動揺しているようで、少しだけ申し訳ない気持ちになるが、説明しようにも声が出ない。
困ったなとディーノの顔を見つめていれば、何か言いたげに口を開いては閉じてを繰り返していた彼は、そのままセシリヤを抱き締めた。
「おかえりなさい……、セシリヤさん……」
たったそれだけの、短い一言。
けれど、その言葉がじんわりとセシリヤの胸の中に広がって行く。
同時に、近くなったディーノの体温を感じて安堵している事に気が付いた。
……温かくて、安心する。
セシリヤはディーノの腕の中で、出ない声の代わりに小さく頷き答えたのだった。




