ありがとう…… -Ceciliya- Ⅳ【転機】③ ※挿絵有
一緒に行かないのかと言う意味も含めて名前を呼べば、彼は曖昧に笑って見せる。
一瞬、それがハルマの顔と重なり、
「……まさか……、シルヴィオ団長……っ」
その先を口にする事は出来ずに、セシリヤは声を詰まらせてしまった。
「あー、ごめん! 泣かせるつもりは無かったんだ……」
シルヴィオに言われて気づいたが、乾いていたはずの瞳からはまた涙が溢れ出していた。
遠征に行っている間、シルヴィオの身に何があったのかと問えば、彼は苦笑しながらも事の次第を掻い摘んで説明し始める。
皆が城で戦っていた頃、<封印の地>で"第三の邪神"との契約の乗り換えを試みた所、元々シルヴィオと契約していた邪神が彼の身体を渡すまいと暴れ、邪神同士で争いが起こったという。
結果、シルヴィオの身体は契約していた邪神に持って行かれてしまい、更にどちらの邪神も相討ちとなって消滅してしまったと。
マティが最期を迎えた理由は、そういう事だったようだ。
シルヴィオのお陰で国が助かったのは確かだが、その裏で彼が犠牲になっているなど誰も思わないだろう。
「どうしてそんな事をしたんですか……? 誰もあなたの功績に気づかないかも知れないのに……!」
「功績なんて別にどうでも良いんだ。僕は僕の守りたいものの為にやっただけ。あわよくば、僕がキミを幸せにしようと思ってね。まあ、結果はこの通り。思いの外邪神に愛され過ぎて失敗しちゃった訳だけど……、仕方ないよねぇ」
相手は腐っても神なんだもん、と眉を下げて笑うシルヴィオに、何と言葉をかけて良いかがわからない。
お礼も謝罪も、全てこの場に相応しくない気がする。
ただ、涙だけがとめどなく溢れていた。
「僕の為に泣いてくれるのは罪深い感じがするけど、嬉しいなんて思っちゃうんだから、ホント僕ってどうしようもないくらいキミの事が大好きみたい。……孤児院で子供たちと楽しそうに笑って遊んでるキミを見た時から、ずっとね」
「どうして今……、そんな事……」
シルヴォの指がセシリヤの目元を拭うと、そのまま髪を一房掬い上げる。
「ようやく邪神から解放されたんだし、最期くらい言っておかなくちゃと思って。じゃないと、次に進めないじゃない?」
掬い上げた髪に口づけを落としたシルヴィオは、セシリヤの顔を覗き込んで笑った。
「罪悪感なんていらないよ。勝手にキミを想って愚かな真似をした男がいた。ただ、それだけ」
「愚かだなんて、思いません……」
ただ、誰にも知られる事がないだろうシルヴィオの事実が悲しかった。
「さて、そろそろ僕も行かなくちゃ。いつまでもキミを引き止める訳には行かないからね。最期にキミに会えて良かった」
そう言って、掬い上げていた髪からシルヴィオの手が離れて行く。
咄嗟にセシリヤがその手を掴めば、少し驚いたような紅い瞳が見えた。
けれど、かける言葉は何も浮かばず、ただシルヴィオの顔を見つめる事しか出来なかった。
少しの間そうしていれば、シルヴィオの手がセシリヤの左手を取り、そっと手の平に口づける。
「ねえ、セシリヤちゃん……。また、いつかどこかでキミと出会えたら、その時は……―――」
いつものシルヴィオからは想像できないくらいの切なげな瞳と、懇願するような声音。
しかし、その先の言葉を紡ぐ事なく、彼はセシリヤを光の射す方へと押し出した。
「シルヴィオ団長……っ……!」
手をのばしても、何も掴めない。
――― ここであった悲しい記憶は僕が全部もらって行くから、キミはキミの為に幸せになってね。
眩しい光に包まれて行く中で、そんな声が聞こえた気がした。
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